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「……大きな声を出してごめんなさい。困りますよね。こんなこと言われたって」
面食らった私を見た彼女は、ハッとしたような表情を見せるとまたいつもの声の調子に戻った。弱々しげな言葉の端々から滲み出る口惜しさが私の心を悲しくさせた。
「いや、ちょっと驚いただけだよ。大丈夫」
私はすぐさま笑顔を取り繕って見せた。自分にそう言い聞かせるように。
「何か私にできることはないかな。君の力になりたい」
それは考えなしに出た言葉ではあったけれど、心の底から出た本音だった。私は彼女を治してあげることはできないし、恐らく満足な治療を受けさせてあげられるだけのお金もない。それでも、もし、自分にできることがあったなら、なんだってしてあげたいとその時思ったのだ。
すると、彼女はすっと右手を差し出してこう言った。
「私をここから連れ出して下さい」
そう言った彼女の表情は、まるで神にすがるかのようだった。私は身じろぎ一つせず、彼女の白い手をじっと見つめていた。頭がぼうっとして傘を叩く雨粒の音しか聞こえなくなった。一体今が朝なのか夜なのかそれすらもわからなくなった。浮遊感にも似た奇妙な感覚に、あれ、一体今は何時だっただろうかと、その真っ白な手を見ながら考えていた。傘から落ちる雫が酷く冷たかった。
「どうか私の手を取って下さい」
その祈りのような言葉に、私は彼女の手を取った。
「ありがとう」
確かに彼女はそう言ったのだ。
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