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クリスマス
雪がうっすらと降り積もった、年末も近いこの日。二階建ての一軒家の床部分を一面に並べたような、異常なまでに広い自室のソファに勇は腰掛けていた。
寒さで夜も明け切らない時間に目が覚めてしまい、エアコンを設定し忘れた自分を呪った。
エアコンを入れ直しながら後悔しても仕方ない、と割り切って、電気カーペットの電源を入れて蜂蜜入りのホットミルクを用意した。
再び眠れる気もせず、巨大な本棚からハードカバーの小説を適当に掴んだ。シャーロックホームズのバスカヴィル家の犬だった。
チビチビとホットミルクを飲みつつ、パラパラとページをめくっていく。三分の一ほど飲み終えた時、後方にある使用人部屋に繋がった扉の向こうの騒がしさに気がついた。
「・・・・・・?」
────なんだ?こんな朝早く・・・・・・えぇっと、今の時間は・・・・・・
テレビの上にあるデジタルの壁掛け時計には、AM 6:10と表示されている。
よく聞いてみると、騒いでいる声の主は随分と幼いらしい。声が随分と幼いし高い気がした。
────でもなぁ・・・・・・子供たちが起きるには随分と早いよなぁ・・・・・・?
普段、使用人の子供たちが目を覚ますのは7時手前ごろだ。そこから少し準備をして、7時に食堂に朝食を摂りに来る。
事件や事故があってからでは悪いと思い、軽く身支度を整えて扉を開けた。
「ねぇ、何かあ──「「あ!サンタしゃん⁉︎」」──ん⁉︎」
意外な発言に勇は目をパチクリと瞬かせた。
「あれ?おにいちゃんだ」
「サンタさんじゃないの?」
「・・・・・・う、うん、サンタさん・・・・・・では、ないかな・・・・・・?」
「「ちぇー、つまんないのー」」
子供の妖や人間の子供たちが足元にわらわらと群がって、ズボンをその小さな手で掴んでくる。
────え、何⁉︎登場しただけで大ブーイングですか⁉︎
騒ぎを聞いた使用人が大慌てで勇の駆け寄ってくる。裾の長いメイド服だから、両手でスカート部分を持って走っている。
鮮やかな紅色の髪をした、人間離れした女性だった。
「ゆ、勇様!申し訳ございません!」
「いや、別に気にしないけど・・・・・・何、どうしたの?コレ」
「クリスマス前日になるといつもこうなんです。サンタがプレゼントを手渡ししてくれるって思っているみたいで。毎年違うって・・・・・・クリスマス当日の朝、枕元に置いてあるんだって言っているんですけど」
「このお屋敷だと、クリスマスプレゼントが枕元に置いてあるの?」
「はい。あら?勇様のご自宅では違うんですか?」
「俺の家は、リビングのクリスマスツリーのところに名前が書かれたカードと一緒に置いてあったよ」
「その家その家で違うのですね、人間の文化はやっぱり面白いです」
「ねー、おにいちゃん」
「うん?」
「おにいちゃんはサンタさんにお願いするの?」
「何をお願いするのー?」
「えぇ、俺?うーん、そうだなぁ・・・・・・」
────別に、この歳になって赤い服着た変人に欲しいものなんか願いたくないんだけど・・・・・・とは言えないしなぁ・・・・・・
「そうだなぁ、前から欲しいと思ってた漫画の全巻セット・・・・・・かな?」
「・・・・・・夢がないわね」
「・・・・・・⁉︎ えっ、姫⁉︎」
「茜様⁉︎」
「うん、おはよ」
「おねーちゃん!」
「おねーちゃんだ!」
さっき勇に群がって来たように、子供たちは茜に駆け寄っていく。茜はしゃがみ込み、駆け寄った一人一人の頭を撫でながら挨拶を交わしていく。
────子供たちから解放されたけど、なんかフラれた気分・・・・・・
勇は一人で勝手に落ち込んでいる。が、すぐに茜に向き直って小首を傾げた。
「ところで姫、どうしたの?こんなところに」
「ちょっと出かけたかったから声を掛けに来たんだけど、貴方、今日は随分早起きなのね?」
「エアコンのセットを忘れて、寒さで目が覚めちゃったんだよ。眠れなかったからそのまま読書してたんだ」
「なるほどね。で、予定は空いてる?」
「空いてるよ。荷物持ち?」
「・・・・・・それだけじゃないけどね」
ふぅん、と言って、斜め上に視線を向けながら考え事をした勇は、何か思い至ったように微笑んだ。
「ちょうどいいや。俺も欲しいものがあったし、何処までも付き合うよ」
「ありがとう。10時半に出かけましょ?声を掛けに来るわ。・・・・・・さ、みんな。朝食よ。食堂にいきましょう」
「「「「「はぁーい!」」」」」
ః◌꙳✧ంః◌꙳✧ంః◌꙳✧ంః◌꙳✧ంః◌꙳✧
10時半少し手前。
茜は今朝の宣言通り、勇の屋敷の門を潜ろうとしていた。
門の前に車を待たせ、頭を下げる使用人に笑顔を返して進んでいく──が、玄関先に植えられた松の木の幹に、勇が凭れているのを発見した。
「え、あれ?勇?」
「ああ、来たね、姫。じゃあ行こうか」
「え、待ってたの?」
「ん?うん。でもほんの五分だよ」
「迎えに行くって言ったじゃない」
「それで俺だけ室内で待ってろって?女の子を迎えに来させるなんて男の名折れでしょ?ましてや私室までなんて」
「いや、でも・・・・・・」
茜は顔を顰めて視線を泳がせた。
そんな茜に構わず、勇は茜の右手を掬い上げて顔を覗き込んだ。
「・・・・・・で?何を買うの」
「・・・・・・え、っと、クリスマスプレゼントを。各屋敷の、子供たちの分・・・・・・」
「ふむ、行くのはファースト・ストリートのデパート?」
「うん」
「じゃ、行こうか」
騎士が女性をエスコートする様に、勇は掬い上げた茜の手を軽く引いて歩き出した。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。
ファースト・ストリートにある大型デパートの4階。そこには子供用の服飾店やおもちゃ売り場、子供用のゲームコーナーや親子で入れるカフェなどがある。
各屋敷の子供たちの分といっても、一人一人の分を用意するにはお金がかかるということで、大人数で遊べるおもちゃをいくつか買う、というスタイルだった。
「女の子だし、着せ替え人形とか買ってあげたいんだけど、一度買っちゃうと『あれも、これも』って制限がなくなっちゃうのよね」
「ああ、服とか小物とか、色々あるっぽいね。姫、もしかして過去に経験済み?」
「ううん、私の友達がね。私は着せ替え人形に興味がなかったから特にそういうことはなかったけど、その子のご両親はさぞ大変だったでしょうね」
勇は一列向こうにある着せ替え人形のコーナーに視線を送る。
煌びやかなドレスを着た女の子が入った箱やドレスや小物のみが入った箱、女の子の家族や友人など他のキャラクターまで。
────青天井というかなんと言うか。確かに求めだしたらキリがなさそうだな。
手元のメモを見ながら、「あとは男の子たちの分ね」といっている茜の肩をつつき、勇は視線を向けないまま声を掛けた。
「こう言う店ってあんまり来たことないから、ちょっと見て来ていい?」
「いいけど、貴方が興味あるようなものなんてないわよ?」
「俺が子供用のおもちゃで遊ぶと思ってるの?姫の中の俺ってヤバイ人なの?」
「普通、こんなコーナーに高校生が興味持たないでしょ?」
「そう?俺はあるよ。最近のヒーローものの衣装とか装備がどんなレベルなのかチェックしたり、敵キャラのビジュアルのキモさを昔と比べたり」
「行動が高校生のそれじゃないわ・・・・・・」
茜が表現し難い味のある渋い顔をしているが、勇は構わず茜の背後を進んでいく。
「買い終わったら声かけてよ。荷物持つから」
ひらひらと手を振って、勇は目当てのコーナーを探した。
「全く・・・・・・」
茜はため息をつきながら肩を落とした。
────荷物持ちなんかじゃなく、屋敷の子供たちくらいの歳の男の子がどんなものを欲しがるのか聞きたかっただけなんだけど・・・・・・
年齢問わず、男の子は難しい。
茜はそう思いながら男の子用のおもちゃコーナーに向かった。
────あれ?勇が向かったコーナーって何処?ヒーロー系はこっちなのに・・・・・・
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各屋敷の子供たちは、基本的に夜の9時半には寝ついてしまう。
使用人が9時になる前に寝支度を済ませ、9時頃には布団に入るように促すからだ。
現在は夜の10時45分。
一応の保険をかけて、寝ついただろう時刻の1時間ちょっと時間をおいた。
静かに雪が降る夜。ホワイトクリスマスだ。
そんな日に、厚手のコートを着て、勇は昼間と同じように外に立っていた。場所がセントラル・ガーデン、という違いはあるが、昼間同様雪がかからない場所に立っている。ガゼボの入り口付近だ。
目の前に茜が降り立つ。
「なんで待っていないの?」
「待ってるでしょ?今、正に」
「屋敷の中で待てばいいっていう意味よ。貴方からここを指定してきたけど」
「いいじゃん、時短だよ。それより、似合うね、そのコート。やっぱり女性は黒が似合う。いや、黒が姫に似合うのかな」
茜は裾が腿の真ん中辺りまである黒いトレンチコートを着ている。コートと膝下辺りまでの黒いブーツの間から、黒いタイツと白いスカートの裾が覗く。
長い黒髪を金のレースがついた白いシュシュで左耳の下あたりに一纏めにし、首元に淡いピンクのマフラーを巻いている。それが唯一、茜の格好に色を与えていた。
「・・・・・・っ、よくそんな口説き言葉が出てくるわね。イタリア人みたい」
「それって偏見じゃない?それに、あちらさんのお国柄でしょ?口説かないと失礼に当たるって、どっかで聞いた気がするよ」
「そこは曖昧なのね・・・・・・・・・・・・白虎」
目の前に神聖な気配が降り立つ。
雪が降り積もるガーデンにも紛れない、銀にも見紛うような白い虎が現れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・勇?」
「俺の目がおかしくなったのかな?」
「ソリの事?」
「白虎の身体に付けなくても」
「だって本人がやりたいって言うんだもの」
「ちょいと白虎さん⁉︎」
「今の俺はトナカイですよ!トナカイ!」
「言われなきゃわかんねーよ・・・・・・勇ましいよ、このトナカイ・・・・・・赤い鼻笑われたくらいで泣かねーよ、このトナカイ・・・・・・と言うかむしろ鼻赤くないよ、このトナカイ・・・・・・ちょっと突っ込み要員足りなくね?」
「大丈夫、イケルイケル」
「無理だよ・・・・・・無理あるよ・・・・・・」
どうやらこのソリには浮遊の魔術が掛けてあるらしい。ソリそのものが地面についていない。
ついでに言うと、かなりあからさまに白い大袋がソリの上に乗っている。
ガックリと肩を落とす勇のことなど気にすることなく、茜は白虎の背にまたがる。
「勇?」
「ハイハイ・・・・・・」
考えるだけ労力の無駄だと割り切った勇は、素直に白虎の背にまたがった。
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勇の屋敷から他の屋敷に向かうのに、白虎に乗って移動すると10分程度かかる。が、勇の屋敷以外からその他の屋敷──例えば昴の屋敷から駆の屋敷──に向かうのには20分かかる。
勇の屋敷は正方形の中央にあるから他の屋敷に行くのに10分で済むが、そこから他の屋敷へ、正方形の角から角へ行くのには、その倍くらいの距離があるからである。
各屋敷での滞在時間は10分と少し。
勇の意見を茜が取り入れ、使用人部屋のクリスマスツリーの周囲においたので、いつもより短かったくらいである。
今までは子供たちの枕元に置いていたため、起こさないように気を使った分、倍以上の時間がかかっていたのだ。
「勇の家のスタイルいいわね。楽」
「今思うと、うちの両親はそれを理由に置いてたんじゃないかと思うよ」
「でも素敵じゃない。イギリスとか外国とかって、そんなイメージあるわ」
「すっごく綺麗な筆記体でさ、俺と妹の名前が書かれたカードがプレゼントの上に置いてあったんだ。両親が英語得意なんて知らなかったからさ、サンタが書いたんだって、勝手に信じてたんだよね。俺の両親、国家試験に受かるくらい頭いい人なのに、何考えてたんだろう、昔の俺」
「子供の頃の思考に文句言っても仕方ないでしょう」
「それもそうだ。お疲れ様、姫。日付変わっちゃったね」
「そうね。クリスマス当日」
「ハッピーバースデー、イエスサマー(棒)」
「呪われるわよ」
「宗教的にそれはないよ、多分」
「相手がファラオだったら死んでるわよ」
「神子は死ねないよ?」
「ちっ」
「え、今舌打ちした?」
「・・・・・・」
「そこで無視かい・・・・・・まぁいいや。部屋の前まで送るよ」
軽く言葉を交わしながら茜を送った勇は、各屋敷で『メリークリスマス 良い子の子供たちへ』と綴ったカードをプレゼントの上に置くために用意した、掌サイズのカードの残りとボールペンを握り締めて歩き出した。
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勇、翔、駆、昴、美結悕が各々食堂で朝食を摂っていると、バタバタと大きな足音が廊下から聞こえてきた。
そしてバダン!と大きな音を立てて観音開きの扉が開けられ、肩で息をした茜が飛び込んできた。
「ちょっと、勇!」
「メリークリスマス。おはよう、姫」
「おはよう、じゃないわよ!何よ、アレ!」
「気に入った?」
「・・・・・・っ、あ、う・・・・・・気に、入ったけど」
「ならよかった」
「昨日わざわざ部屋の前まで送ってくれたのはアレのためだったのね⁉︎」
「デパートで単独行動したのもね」
勇は楽しげに微笑んだ。
茜が自身の策略に嵌って、慌てているのを見ているのが、勇は割と好きだった。
茜は顔を真っ赤にして、ワナワナと震えている。
「あれ、何人の使用人に見られたと思ってるのよ!」
「さぁ?何人?」
「・・・・・・それはわかんないけど!」
「なら気にしなくていいんじゃない?」
「〜〜〜〜〜っ!知らない!今日はうちの屋敷で食べる!じゃあね!」
扉も閉めないまま、バタバタと茜は出て行った。奏悟が顕現し、軽く一礼してから扉を閉めて消えた。茜を追ったんだろう。
「勇、お前茜に何したんだ?」
「クリスマスプレゼントを用意して、ツリーの近くに置いといただけだよ」
「それだけか?」
「疑り深いなー、翔」
「あんな顔する茜、久々に見たぞ〜?」
「ちょっとキザなことしたなって、自覚はあるけど」
勇は満足げに笑った。
.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。
「なんで知ってんのよ、部屋に入れたことなんてないじゃない!」
茜は自室のベッドの上で、枕元にあった30センチもないウサギのぬいぐるみを適当に投げた。
天蓋から流れるカーテンを柱に括っている今、ぬいぐるみは何にも阻まれずに飛んでいく。が、瞬時に顕現した奏悟がキャッチして、茜に軽く投げて返した。
茜はそれを受け止めると、元あった場所にぬいぐるみを戻し、右隣に置いてあるモノに手を伸ばす。
外側が水色、内側が濃紺の合成繊維のラッピングに入った、茜の上半身ほどもある大きさの、柔らかい薄茶色のクマのぬいぐるみを抱き締めてベッドに横になる。
奏悟の目には、茜の左手にカードが握られているのがしっかりと見えていた。
先程、彼の主人は使用人に声をかけられ、玄関先に飾ってあるクリスマスツリーのもとに向かって行った。
当然奏悟も付いて行ったが、そこには鉢に立て掛けるようにして置いてある大きなプレゼントがあった。
四角い布の端をリボンで縛っただけの簡単なラッピングだったが、金と銀のリボンが使われており、布とリボンの間に小さなカードが挟まれていた。
茜は「んなっ!」と言う妙な声を上げ、恐る恐る袋を開いたが、中身はこの際どうでもいい。どうせ数秒後に彼女はそれを手に持つのだから、覗き込む必要はない。
カードに書かれた文字に、奏悟は驚いた。
────随分とまぁ、キザなことをやってくれる。
その時の奏悟は本気でそう思った。
あまり表立って言っていないが、茜はぬいぐるみ好きである。
本人が色々と抱え込みがちな性格な上、強がりで寂しがり屋な性格故に、物寂しい時にはぬいぐるみを抱き締めて眠ったり、私室内でずっと持ち歩いていたりする。
現に茜のベッドの枕元には彼女が集めたぬいぐるみがたくさん並べられている。数は二十を超えているだろう。
この光景を、勇が見たはずがない。
彼女は何かない限り異性を部屋にあげるようなことはしないし、勇もそんなことはしない。
だと言うのに、何故彼女が好きなぬいぐるみを──それも、茜が好みの柔らかくて毛足の長いぬいぐるみを選んでプレゼントできたのか。
さらに言えば、勇にキザな男、と言う印象はないが、何故彼はこう、女性が喜びそうな言葉を無意識に使えるのだろうか。
────“私たちだけの”・・・・・・いや、この場合は“俺たちだけの”って意訳か?・・・・・・“だけの”って、所有物扱いか。それだけ大切に思ってるってことならいいが・・・・・・
奏悟が悶々と悩んでいる中、茜は勇の不器用さも不慣れさも感じさせない流麗な筆記体を見つめていた。
「・・・・・・貴方も筆記体、すっごく上手なんじゃない・・・・・・」
『Merry Christmas To our only princess』
(メリークリスマス 俺たちだけのお姫様へ)
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