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おわりとはじまり
卒業式の真っ只中。
退屈でしかない教師や保護者挨拶。
自称静かにすると死んじゃう病が蔓延しているこの学校で、誰もが静かな卒業式が開幕されるとは思っていなかっただろう。
3年間、この学校で過ごしたが、こんなに静かな空間ははじめてだった。
いつも騒がしく、暴力と暴言が行き交う校内。
授業でさえ、淡々と解説する教師をないがしろにし、各々が好きなことをするのが当たり前。
校則なんてなにひとつ守られていなかったし、学校は生徒達にとってただの遊び場だった。
そんな最低最悪な劣悪環境がガラリと変わったのは一年と少し前。
生徒会長が変わった。
ただのお飾りでしかなかったその立場に、すとんと座ったのは大変イケメンな一人の生徒だった。
「卒業生代表、挨拶」
「はい」
綺麗な姿勢で、凛とはる真直ぐな声で、そう返事をした生徒がひとり、登壇する。
ただでさえ静かだったのに、皆が息を殺したのが手に取るように分かるほどの静寂が身を包んだ。
「答辞、」
凛と澄んでいて、堂々とした声だった。
大衆を前に怯みなど一切なく、普段と変わらない涼し気な表情。緊張なんて、感じていない。与えられた最後の役割を終えようと、悩みもせずに書いた卒業生代表としての無難な言葉を、流暢に並べていく。
機械的ではない、でも本心でもない。
語り尽くせない学校での思い出を、こんな形ではうまく表現できないからこそ、無難で、ありきたりな言葉で綴っていく。
何人かは涙を浮かべていた。
万人受けの言葉も、語る人が変われば心に響く。
卒業生代表に陶酔しているところ悪いけど、役割はしっかり果たしてもらおう。そんな思いで、隣で今にも泣きそうな同級生を肘で突いた。
「最後に、」
締めの言葉へさしかかろうとしたその時、ばっちり打ち合わせ済みの卒業生が一斉に立ち上がった。
それに合わせるように、在校生も立ち上がる。
「宣誓!」
体育館全体に響く声。
代表の言葉を打ち消し、それはまっすぐ登壇へと届けられた。
「俺たち、卒業生一同は!!」
『一同は!!』
復唱される言葉。
驚いた声につい笑みを浮かべてしまうも、皆に負けじと声を張る。
「悪さばかりを繰り返し、匙を投げられるのも仕方ない行動ばかりをしていましたが、2年前ある人が生徒会長に就任してからというもの、くだらないとばかり思っていた学校が!!」
『学校が!!!』
「勉強が!」
『勉強が!!!』
「面白いものだということに気付かされました!」
『気づかされました!!』
嘘みたいな、本当の話。
全員不良というありえないおバカ学校と称された我が校は、劇的に変わった。
その革命を起こしたのはまさかの不良を牛耳る、いわば番長という存在で、そのカリスマ性と賢さで、在校生たちに勉強とはなんたるか、学校とはなんたるかを説いた。
「それからというもの、学校は楽しく、人を傷つけることでしか見いだせなかった自分の存在を肯定でき、将来を見据えることができるようになりました!!」
『なりました!!』
驚くことなかれ、県内最下位だった我が校はまさかの全国模試上位者を過半数以上たたき出した。
馬鹿だと罵られ続けた多くのやつらが、勉強できるということに気づき、全員高校進学を決めた。
中卒就職が当たり前だったのが、急に進学校へと成り代わった。
「喧嘩はやめられなかったけど」
短気はなかなか治らない。
こればかりは仕方がない。
「それでも、俺達の存在意義を見出してくれた番長には感謝を伝えようにも伝えきれず」
色々考えたんだけど。
「仕方がないので、全校生徒分、なぜか先生がたの分も、ひとりひとり心を込めてメッセージをかきました!受け取ってください!!!」
「は?うっわ…!」
手紙にしてみました。
結局ダンボール何個分になったんだっけ?番長にメッセージ書いてねって皆に伝えただけなのに、ひとり1枚じゃ足りなかったらしくとんでもない量になりまして。
ダンボール贈呈するのも絵面的になんだかなーと思ったので紙吹雪のように番長へ降らせてみました。吹雪いてないけど。ドサドサと番長を埋めたけど。
「これからも番長への感謝を忘れず、各々目指す道を歩み続けることを誓います!!!」
『誓います!!』
卒業生代表へ向ける言葉終わり。
滅多に大声なんか出さないから、喉が潰れてしまいそうだったけど、番長の驚いた顔が見れたし上々だろう。
「っぷは」
手紙に埋もれていた番長が、山から顔を出す。
番長には内緒だったけど、この卒業式ジャックは先生にもPTAにも承諾を得ているので、このまま式は進行される。
「これにて、第114回卒業式を終了します」
その為に、卒業生代表の言葉は最後にしてもらいました。
一気に騒がしくなる会場。
状況をなかなか飲み込めない登壇中の番長。
卒業生退場はなくしてもらった。さすがに手紙に埋もれた番長を置いていく訳にもいかないから。
「…サキ」
「大丈夫?ばんちょー」
手を差し伸べ、手紙の山から番長を引きずり出す。ジト目で見られても、俺は何もシリマセン。
「なんか企んでるとは思ってたけど…」
はぁ、とため息をつかれた。
少し照れてるみたいだから、嬉しかった様子。ふふっと自然と笑みが零れる。
だって、番長の卒業式なのに当たり障りない言葉で、皆終われるわけがない。
「んで?」
「ん?」
「お前からの手紙は?」
「えぇー手渡し所望?山から探すの大変だよ」
「お前のもこんなかにあるのかよ…」
まじか…と苦い表情。
それでもしぶしぶ山をかき分けながら1枚1枚確認している。
「紙何色だ?」
「白い便箋」
「…もっと目立つ色にしろよ」
「白いの多いからねー、見つけるのは大変かと思ってあらかじめ俺のは抜いときました」
「最初に言え」
「いたっ」
脳天チョップをかまされる。
手加減してくれてるんだろうけど、番長のは普通に痛い。
「俺のは最後でいいと思って」
「なんでだよ、1番に見せろよ。恥ずかしいこと書いてんだろ?」
う、わーー。
意地悪そうな顔だ。楽しそうですげぇ好きな表情なんだけど、対象が俺のときはどうにも反応に困る。
「恥ずかしくないよ」
「感謝の気持ち見せろよ」
「感謝の気持ちですらないしね」
「なに書いたんだお前…」
はよ渡せ、と手を出してくる番長に、仕方ないなーとポケットにいれていた手紙を渡す。
白い封筒に、白い便箋。
この手紙の山に紛れたら、一瞬で分からなくなってしまいそうなありきたりなもの。
それを番長は、無表情で感情を隠しながら、大事そうに丁寧に手紙を開ける。そんな手つきに、こっちが嬉しくなってしまう。
「………一言だな」
「一言だね」
「こちらこそ」
「ふっ、手紙の返事?それ」
今日で中学は卒業。
でも、番長とは高校も一緒なので、別れの言葉は書かなかったと言うか書けなかった。感謝の言葉もなんか違くて、その紙は捨てた。
「これからもよろしく、ばんちょー」
「音声付きなのかこの手紙」
いいな、と手紙を大事にポケットへしまわれた。
かっこいくて、強くて、この学校の番長、園崎誓。
その相棒である俺、神田紫。
その他126名の生徒が、本日卒業した。
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