裏庭のカナ

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 影は非常にゆっくりと移動し、やがて人の姿だと認識できるようになった。少し安堵。さらに近付いてそれが小学生くらいの女の子だとわかると、俺の警戒レベルはほぼグリーンになった。どうやら梯子職人ではなさそうだ。  少女は俺の一メートルくらい手前で足を止め、無言でじっと俺を見つめてきた。肩くらいまでのツインテールが絶え間なく吹き続けている緩い風に時折小さく揺らされる。  不思議な色の瞳だな、と思った。灰と蒼と碧が混ざったような、複雑な色をしている。  そしてその少女は、美しかった。キレイとかカワイイとかいう言葉では表現しきれない、神秘的な雰囲気を併せ持った美しさ。それは今のこの状況にとても似付かわしいものに見えた。  それらに惹き付けられて俺は殊更に少女を見つめてしまった。向こうも俺から視線を外さないので見つめ合う形になる。じん、と頭の芯が痺れたような気がした。 「あなた」  急に少女が口を開いて、ぼうっとしていた俺は「へっ?」とおかしな声を出してしまった。  そんなことには頓着せず彼女は続ける。 「あなた、どこから来たの」  幼いが抑揚のない冷たい声。  なんと答えたものかと思ったが、態度から察するに「この世界」の住人であろう少女に対して言葉を選ぶ必要もないように思えた。俺は自分の背後、小さく見える寮を指差した。 「あそこの建物、あの天窓から外に出ようとしたらここに来ちゃったんだ」 「……そう」  微かに、少女は笑ったようだった。無表情だと冷たくて近寄り難い印象だが、笑うと急に柔らかく、火が灯ったような明るい雰囲気になった。  少女は俺に小さな手を差し伸べた。 「ねぇ、遊びましょう?」
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