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夜が更けて、店を閉めて、片付けを終える。遅くなるのはいつものことだ。
店の主人に「お疲れ様でした」と頭を下げて、エリシアは酒場を抜け出す。奥の階段を上がり、二階より上にある宿に向かった。
エリシアが部屋の扉を二度叩くと中から「誰〜?」と男の声がした。夕方に聞いた声と同じ声。メルティの声だ。「治癒師のエリシアです」と言うと、しばらく経って扉が内開きに開き、隙間からトパーズの瞳が覗いた。
「いらっしゃい。お待ちしていましたよ、治癒師さん」
「こんばんわ。お待たせしました」
メルティはエリシアを招き入れると、自分はベッドの端に腰を下ろして、患部の左足を伸ばした。
「ズボンは脱いだ方が良いのかな?」
「……お願いします」
治癒を受けるのは、それほど慣れていないのか、メルティは少し困惑気味に首を傾げる。エリシアも男性の寝室で、「ズボンを脱いで欲しい」という依頼をどう切り出したものかと考えていたところだったので、すぐに頷いた。
ズボンを脱ぐと包帯が巻かれた左太腿が顕になる。それを外すとそこには手首から先ほどの長さもある刀傷がまだ血を浮かべていた。ところどころ化膿や炎症も起こしている。
「どうしたんですか?」
「……ん〜、ちょっとね」
「盗賊に襲われたとか?」
「それよりかは、巻き込まれた感じかな?」
患部にエリシアが触れると、青年は少し痛そうに顔をしかめた。
「少し時間がかかりますよ?」
「――構わないよ」
善は急げと、エリシアは魔法の詠唱を開始する。
「――神よ生命の息吹を呼び起こし、この者の傷を癒やす恵みの光を与えた給え……『治癒』」
左太腿に添えた手のひらから淡い光が浮かび上がり、それが広い傷口を覆った。
メルティは左太腿に不思議な感覚を覚えていた。それは優しくて、幼いころ撫でてくれた母親の手のひらのようだ。青年は、跪く少女に懐かしそうな視線を下ろす。
「ごめんなさい。どうしても時間が掛かってしまうんです。魔力網に繋がっていた頃なら神の塔の恵みで、もっと多くの魔力を使えたんですが、今は、自然に回復する魔力だけしか使えないので。治癒に掛かる魔力を回復させるのに三日はかかるし、治癒に掛かる時間も長くかかっちゃうんです」
申し訳なさそうに言うエリシアに、メルティは首を振った。
「全然大丈夫だよ。そんなに急いでいる訳ではないし、時間が掛かっても傷を治してもらえるだけで、ものすごい感謝だよ」
「そう言ってもらえると、……嬉しいです」
右掌からの光が、少しずつではあるが傷口の状態を変化させていく。
「詠唱が終われば、魔法を使っている間は話していてもいいのかな?」
「あ……ええ、それは大丈夫です。右手は動かせませんが」
「じゃあ、少し話そうか」
「何を?」
「そうだね。う~ん、お互いのこと? フローレンス王国の西方に生まれた二人が、どうしてこんなところに居るのか。……そして、どこに向かうのか?」
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