1、恋のはじまり

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 夏休み前、南奈はすっかり常連となった琥珀で、期限の迫った課題とにらめっこしていた。  霧都がアイスラテを運んできて、ついでに飴をテーブルに置き、人差し指を口に当てた。他のお客には内緒という意味だろう。南奈は口の動きだけでアリガトウと伝えた。  特別扱いされているようで嬉しい。 「下の名前で呼んでいい? 僕はずっと名前呼びされてるのに不公平だよね」  霧都は冗談っぽく言って南奈を見た。 「いいですよ」  南奈はドキドキしながら彼を見上げる。 「南奈さん」  視線を交わして名を呼ばれた瞬間、心臓が爆発しそうなほど高鳴り、南奈はくらくらしてテーブルに突っ伏した。 「大丈夫?」  肩に手を置かれ、ますます目が回りそうになる。 「……やばい」  これほど重症だとは思わなかった。  南奈は泣きたくなった。 「奥に行こう」  霧都は前と同じスタッフルームへ案内し、南奈をソファに横にならせた。  申し訳ない気持ちがこみ上げる。めまいで座っていられないのは本当だが、原因はたかが恋わずらいなのだ。 「ごめんなさい」  謝った南奈の頭に、霧都はそっと手をおいた。 「ごめんより、ありがとうって言われたいかな」  また泣きたくなる。 「ありがとう、霧都さん」  もう限界だった。  南奈の目から涙が滝のように流れ出てくる。 「どうしたの?」 「なんだか……止まらなくて」  泣きじゃくる南奈の頭を、霧都は大きな手で優しくなでた。 「疲れが出たのかな。上京してからずっと頑張ってたもんね」 「霧都さん」 「ん?」 「好きです」  黙っていられなかった。 「ありがとう」  にこっと笑うと、霧都は身を(かが)め、南奈のひたいに優しいキスを落とした。
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