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2、恋のおわり
「なかったことにするのかよ?」
怒ったような声に、南奈は裏口を開けようと伸ばした手を引っ込めた。
「そうじゃねえ」
霧都の声も聞こえる。
「俺だって許す気ねえよ」
荒っぽい口調に、南奈は耳を疑った。
「せっかく見つけたのに……」
声は遠ざかって聞こえなくなった。
夏休みに入った南奈は、琥珀でバイトすることにした。霧都の役に立ちたくて、仕事を覚えるのに必死な毎日だ。
「おっす。何してんの?」
ふり向くと厨房チーフの三木だった。
「えーと……」
「遅刻するぞ」
急かされて中に入ると、霧都と一緒に派手な銀髪の男がいた。
「おはよう」
見慣れた笑顔で手招かれ、南奈は挨拶しながら近づいた。
「僕の兄を紹介するね。春都だよ」
痩せすぎな感じだが、よく見ると霧都に似ている。深紅のシャツの着こなしがホストっぽい。
南奈は慌てて頭を下げた。
「はじめまして。友井南奈です」
「俺ら双子なの」
春都は白すぎる歯を見せて笑った。
そういえば霧都の家族のことは何も知らない。
「さて仕事だ。春都も帰って休めよ」
「南奈ちゃん、またね」
春都は香水の匂いを残して出て行った。
掃除をしながら、頭では色々考えてしまう。
霧都はさっき自分を「俺」と言っていた。兄が相手だからなのか。だとしたらいつもの彼は……
南奈はホウキを手に表へ出て、ぎくりとした。
入口の横に春都がいたのだ。
「よく平気で生きてられるな」
憎々しげに言うと、固まった南奈を怖い顔でにらみつけた。
霧都がいなくなったのは、その翌日のことだ。
「もともと辞める予定が、前倒しになったんだよ」
三木は呆然とする南奈に、意外そうな顔をした。
「店長と仲良いから知ってると思ってた」
「聞いてないです……」
前日の南奈は、春都に言われたことの衝撃でいっぱいだった。霧都には打ち明けられないと思って悩んでいたので、会話も少なかった。
「理由聞いてます?」
「いや、話していいもんかどうか」
「教えてください。お願いします!」
三木は内緒だぞと前置きして、兄の看病のため実家に帰るらしいと伝えた。
「兄って春都さん?」
「うん、長くないらしいよ。若いのにな」
南奈は言葉を失い、その日もまったく仕事に集中できなかった。
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