3、恋のゆくえ

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 嶋永誠。  享年43歳。  その墓の前で、南奈は泣き崩れた。 「ごめんなさい……」  必死に気を持ち直し、線香を供えて手を合わせる。 「ありがとうございました」  南奈は涙を流しながら、墓に向かって深く頭を下げた。  かつて喫茶店を営んでいた嶋永誠は、羽鳥川で溺れた南奈を助けに飛び込んで命を落とした。  霧都と春都は彼の息子だった。  自宅が担保の借金があったため、息子たちは高校を退学して上京し、水商売で稼いだお金で実家を守った。 「家を売って(つぐな)おうとしたけど、受け取ってもらえなかった」  久しぶりにそろった両親から真実を聞かされ、南奈は悪い夢のようだと思った。  だが、これはまぎれもなく現実の話なのだ。  霧都はどうしているのか。    母親は精神を病み、春都は不治の病で死の床にあるという。  霧都を支えたい。そばにいたい。  少しでも力になりたい。  許されなくていいから。  南奈は悩みぬいた末、心を決めて前を向いた。   「罪の意識を抱えて、霧都と生きてく覚悟ある?」  病床の春都は面会を拒まなかった。  謝罪を黙って聞いた後、彼は充血した目でじっと南奈を見た。 「はい」  自宅での最期を望んだ春都を、霧都は独りで看病していた。訪ねた南奈に驚きはしたが、家にあげてくれた。 「じゃ、絶対に逃げんなよ。霧都のそばで償い続けろ。裏切ったら祟ってやる」 「ありがとうございます」 「祟るって言われてんのに、何がありがとうだよ」  変な女、と春都はつぶやいて目を閉じた。 「疲れた。寝る」  南奈はそれから夜までいて、あれこれ霧都を手伝った。 「悪いけど送れない。タクシー呼ぶから」  いつ急変するかわからない春都を独りにしておけないことぐらい、南奈にだってわかる。 「また来ます」 「……きみは強いね」 「霧都さんのお父さんに救ってもらった命だから」 「そっか」  霧都は少し穏やかな表情になっていた。 「明日も来られる? 明後日も、夏休みの間ずっと」 「来ます!」 「……冗談だよ」 「絶対来る」 「無理するなって。本当に来そうで怖いよ」  霧都の口調は少しやんちゃな響きがあって、それが素なのだと思うと南奈は嬉しい気がした。  いつか一緒にここで暮らし、琥珀みたいな店をやって、羽鳥川を散歩することが出来たら……霧都を幸せにすることが出来たら。  そのための努力なら、どんなことでもしたい。 「またね、霧都さん」  南奈は深い思いをこめて微笑みかけた。   (終わり)
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