その日、僕は閻魔様に会った

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その日、僕は閻魔様に会った

「僕じゃない…僕がやったんじゃないんだー!」 キキィィー…ドギャーン…。 僕はその日、車にはねられて命を失った。 その時のことはあまり覚えていない。 衝撃で忘れてしまったのだろうか。 何かたいそうなことをしてしまい、脳が動転していたに違いないが…。 しかし、今はしっかりと状況を把握できる。 辺りは真っ暗闇ではあるが… 僕の目の前には…大きすぎる体躯で赤い顔をした強面の…うむ、まさに本やテレビで見たあの方… 『閻魔様』 がそこにいる。 あれ?杓だかなんかは持っていないんだー。へぇーっ。 「おい、おまえ…なにを呑気に喋っているか!!ここがどこだか分かっているのか?」 「あっ、聞こえてました? う、うーん…やっぱり地獄ですかね?」 閻魔はそうだと頷く。 夢としか思えない…その光景…だって、本当にこんな死後世界が存在するとは…。 「あのぉ…地獄って悪い人が来るとこですかね?天国ってあるんでしょうか?」 僕は現実世界の知識をおもむろに再確認した。 「あぁ…天国はあるな。あまり干渉はしないが…。」 えっ…えっー!!あるんだー。 僕は心の中で興奮していた。 「あ、あの僕は死んだと思うんですが、まぁあまり実感ないですが…。現世での死後の世界の描写…あれってどうやって知り得たんですかね?」 僕はなんだかワクワクしながら、小学生の自由質問のように尋ねた。 「…質問ばかりするやつだな…。あれはな、たまに地獄から生還するやつがいるんだよ。生世界には特殊な術を使用する輩がいるんでな。困ったもんだよ。天国もなんだかんだ大変みたいだよ…。」 「お前も肉体のない魂だけの存在であって、この死世界と生世界での記憶は繋がらない…残らないはずなんだが、人間は本当にわけの分からない構造をしとるなー。記憶の欠片を生まれ変わるときに、もっていっちまうんだからな。ちなみに、どんな宗教を崇めようとここにくるからな。全世界共通語…正に自語句!」 ごほんごほん…。喋りすぎたことを反省するかのように咳をする閻魔様。 「なんだか、素敵なお話ですねー。」 ガンッ!! 「ヒィー…!」 物凄い音を響かせ、閻魔様は役務を全うする。 「間抜けな世間話もここまでだ。お前がここにきたということは、以前までいた生世界で人を殺めたということだ。お前には地獄の苦しみ…罰を与えねばならん。」 「えっ…えーっ!そんな僕が人を殺めるなんてことするはずがありません!」 僕は必死で殺人を否定する。しかし、記憶が曖昧な分、自信は薄い。 そんな僕の言葉を聞いて、閻魔様はやれやれといわんばかりの態度。 「…どうやら、ショックで思い出せないようだな。確かに事故かもしれないがお前の選択が招いた結果に間違いはない。まぁ、人間の多くが辿り着く地獄だ。気にすることはない。また、生き物として生まれ変われるはずだ。多分。」 「ぼ、僕が人を殺めた証拠があるんですか!事実無根のまま、末恐ろしき地獄なんか巡ってられませんよ!」 僕は中2病みたく、喰ってかかる。必死な形相が閻魔様の表情を柔らかくするには至らなかったわけではあるが…。 「証拠か。ここは裁判所ではないんだがな。では、この映像をみなさい。」 ジジジ…。 不思議な映像が眼前にあらわれる。 少し若めの男性と柄の悪い中年ヤンキーがそこに映る。因縁をつけられ、言い争っているようにみえる…。 あぁ…ドラマとかでよく見たことある光景だなぁ。可哀想なやつだなぁ…っておい! 「こ、 これ、僕じゃないですか?胸ぐら掴まれてる方!」 「そうだな。なんか、お前は急いでたらしく肩がぶつかったそうじゃないか。」 閻魔様は淡々とご説明。僕は記憶を取り戻してきたのか頭痛がひどい…ような気がする。 『おぉ…わりゃ、何しとんねん!ワシの肩が痛い痛いいうとるでー!どう、おとしまえつけるんじゃ!ごりゃあぁぁ。』 バシッ… 負け馬券をぶつけられた、気弱な男…それは僕。 『そ、そういわれましても…急にこっちに突進?傾いてきたのはそっちじゃ…。』 『あぁ…ほざけぇ!歩道はのう、歩くとこなんじゃ!どあほ!勢いよく走ってきたのはそっちじゃけぇ!言い訳はええから、はよ、治療費払えや!』 『ぐぅ…わかりましたよ。それは申し訳ありませんでした…。』 僕は財布の中から全財産…ではなく500円玉を取り出した。 『あぁ?ワンコインやと?兄ちゃん、冗談抜かすと…ただじゃおかねぇぞ!!』 『給料日前なんですよ…これで、許して下さい。そりゃ!』 僕は500円玉を少し遠くに投げた。 チンピラ親父が目を逸らした、その瞬間…僕は猛ダッシュで場を去ろうとした。 ダダダ…! キィィィー…ドーン! 嫌な予感がした。 僕が足を止め、後ろを振り向くと、そこにはさっきのチンピラ親父が横たわっていった。 投げた500円玉は車道まで転がり、それを追いかけたチンピラ親父は車にはねられたのだ。 事故を起こした運転手やまわりの野次馬たちがざわついている。 『そ、そんな……。。きゅ、救急車…』 遠くからも見える血だまり…微動だにしない親父…。そして、迫り来る目撃者軍勢の白い注目の眼差し…。 恐ろしかった…怖かった…。だから、逃げたんだ。俺は…お札だったらヒラヒラ舞うだけで車道に転がることはなかった。少しけちった結果がこれなのか?? 僕はダッシュした!前も見ずに夢中で…。 『あっ…!』 目の前に杖をついたお婆ちゃんが…僕は軌道を変えて避けた。 が、つま先をくぼみにとられ、そのまま車道へと身体をもっていかれた。 そして、運悪く、そこにタイミングよくトラックが到来…。 キキィィー…ドッギャアァン…! プツッン…。 そこで映像は切れた。 僕はその時の衝撃が甦り、頭を抱えて地に伏せた。。 僕は泣きながら、 「こ、これが真実なのですか?か、改竄してませんよね…?」 「していない。する必要性がない。これが真実だ。お前は事故にあう間際、自らの行為によって、間接的だが人を殺めるに至った。あの親父さんだが、彼は天国に召した。生前、人の命を奪ったかどうか…ゴウトゥーヘルオワヘブンは神のみぞ知る。」 「おぉ…か、神よ…あなたはなぜ…僕にこのような仕打ちを…。」 「残念だがここに来てしまった以上、結果は覆らないのが鉄則だ。お前には罰を与えねばならんのだ。ちなみにだが、しっかり前を見て走っていれば、お前は死んではいなかったし、トラックの運転手も生涯罪の意識に囚われることもなかった。勿論、500円玉を投げなければ、親父さんは生きていたし、はねた運転手も今頃は…」 「き、傷をえぐらないでくれー!わ、わかったよ!どんなに苦しい罰でも受けてたつ!俺は少し頭を冷やしたい…。」 閻魔様は体勢をととのえ、少し考えたあとにこうおっしゃった。 「頭を冷やしてる余裕はないぞ。今から執行する刑罰は…」 『鬼ごっこ』 「えっ…あの昔懐かしのあの遊びでよくやった?」 「これは、遊びではない。人間たちは本当に真似ることが好きみたいだな。」 唖然とする僕を傍らに、閻魔様は高く上げた掌をすっと下に向けた。 バッバッバッバッ! 数名の凶悪形相な鬼?たちが、姿をあらわした。 「ひっ…」 僕は尻餅をついた。 「スタミナに自信があるならば、逃げ切れるかもしれぬ。多分。」 ゴクリンコ。 僕は生唾を胃袋の奥深くまで飲み込んだ。 「制限時間は適当。捕まったらそこで魂ごと喰われて、終いじゃ。その後どうなるかは教えられん決まりなので、申し訳ない。それでは、『鬼ごっこ』スタート。」 キシャアァァ…! 口元からヨダレを垂らした鬼達が奇声を上げる。 直ぐ様体勢を整え、 僕は深い深い暗闇の中を闇雲に一心不乱に疾走した…。生への渇望をその胸に…。 【完】
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