1.宇津美万吉の憂鬱

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「はい、次、先生の引く番だよー」  旭はすっかり万吉の事が気に入ったようで、あまり乗り気でない万吉と何度目かのババ抜きをしていた。旭の手に握られた二枚のカードをじっと見つめ、意を決して一枚を引く万吉。しかし残念ながら、またもババを引く羽目になってしまった。 「先生弱いなぁー、僕の勝ちー!」  ババを茫然と見つめていた万吉から、もう片方のカードを奪い取り、旭はにんまり笑って揃ったハートのAを掲げた。 「万ちゃん、ほんとゲーム弱いよなぁ」 「うるさいな……俺は頭を使わないゲームは苦手なんだよ」  全敗中の万吉は、そんな苦し紛れの言い訳を吐いて、捨て場のカードを片付け始めた。 「なぁ、万ちゃん」 「何だよ」  床に散らばったカードを集めている背中に、一はこんな事を言った。 「何か困ってる事があるんだろう?」  途端、万吉の手が止まった。一は予想通りと、彼の元へ歩み寄る。 「……何でそんな事を」  万吉が一を見上げると、一は得意げに微笑んで言う。 「僕の探偵事務所には、困ってない人は来ないからね」 「何々!? 事件!?」  旭は好奇心に爛々と目を輝かせ、万吉の顔を覗き込んだ。  あぁ、またか。万吉は思った。  どうしてこいつには、何もかも分かってしまうのだろう。 「僕に隠し事は無用だよ、万ちゃん」  思っただけの筈の言葉も、一には見透かされてしまっているようだった。
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