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一体何処で間違えたのだろう。すっかり腰から下に力が入らなくなって、情けなくぺたんと座り込み、ただ茫然と現状に目をやる事しか出来ないから、そんな事を考えてももう何の意味も為さないのだが。
さっきまで唸りを上げていたベルトコンベアも、跳ねるように動き回っていた小人ロボットたちも、休む事なく撃ち散らしていたクリーム大砲も、皆その頃の事を忘れてしまったかのように、一つも動く事はないのだ。
今はクライアントとの約束を破ってしまった事よりも、自分が成仏させられてしまうかも知れないという事よりも、この遊園地が今までのように動いてくれないという事が悲しくて悲しくて仕方なかった。
「……もう終わりにしましょう」
拳銃を持っている鏡の万吉を振り返る。遊園地がなければ此処にいる意味はない。寧ろ遊園地のなくなった此処に自分が取り残される方が酷だ。
早く撃ってください、そう続けようとした時だった。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
鏡の万吉の後ろから、ひょこっと人影が現れた。その影は屈むようにして前へと出ると、自分の方へ手を伸ばして来る。
「立てますか?」
場に相応しくない優しい声でそう問い掛けるのは、落ち武者だった。
悟はその手を取る事なく、彼から目を逸らした。逸らした先には彼の腰に携えられた刀が映って、悟はまた、目のやりどころに困ってしまう。
「大丈夫ですよ。私、怒ってる訳じゃないんです」
妙な台詞だった。だから一瞬怪訝そうな眼差しを向けた後、嫌味ったらしく苦笑いをしてみせる。
「変な同情はやめてください。そうやって僕を油断させたいんでしょう。そんな事しないで早く……」
「そうじゃありません」
落ち武者は刀を抜こうともしなかった。鏡の万吉も銃口を向けようとしない。悟の目の前にしゃがみ込んだ落ち武者は、本当に怒りの感情など一切見えず、優しく微笑むばかりなのだ。その裏に疚しい気持ちがある事などとは、到底考えられないような顔をしていた。
「貴方に成仏されちゃ困りますよ。まだまだこの遊園地を動かして欲しいんです」
「……は?」
「私、本当に楽しかったんですよ。こんなに楽しい所、私は来た事がなかったんです!」
子供のように顔を綻ばせる彼の表情に、悟はぽかんと口を開けたまま言葉も出ない。
「皆さんだってそうでしょ? ずっと此処で遊んでいたいと思った。それは確かにあの花の力もあったんでしょうが、元々貴方に私たちを楽しませる力があったんです! そうじゃなかったら、花がその思い込みを大きくさせる事は出来なかった筈です」
ずっと遊んでいたい、楽しかった……その言葉を聞いたのは、もう随分久しぶりに感じた。さっき言われた、周りが見えていないというのは、本当の事なのだろう。こんな感想など、サクラの口からは絶対に発せられる事はない。
「怖がらなくて良いんですよ。この遊園地が無くなるなんて。小細工なんかしなくても、楽しんでくれる人はいっぱいいるんです。現に私がそうですよ」
だから、もう一度やり直してください。落ち武者はそう言って、ずっと微笑んでいた。その言葉がどれだけ悟を安心させた事か。そう言えばあの時も、確か同じ事を……。
――怖がらなくて良いんですよ。私に任せてください。だから、一緒にやり直しましょう。
「……キンダイチ先生、お願いがあるんですが」
すると一はにっこりと微笑んで、大きく頷いた。
「僕は墓場の名探偵! ご依頼は何なりと!」
その代わり、皆を操るのはもうなしですからね、と笑う一に、悟はこくんと首を縦に下ろした。
結局僕は、誰かに助けてもらわないと、何にも出来ないんだ。
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