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「ほら! 早く行こう、恭四郎!」
「え……っと、僕、ジェットコースターはちょっと……」
「えーっ!? 大丈夫だよ! 一緒に乗れば!」
「でも……あ、じゃあ」
恭四郎はぱたぱたと駆けて行って、大きな腕の裾をぎゅっと握った。
「ご、吾郎さんも、一緒に乗りましょう! ね?」
動きを封じられてしまった吾郎は、目を丸くして言葉を失ってしまった。恭四郎は困ったように上目遣いに見上げてくる。駄目ですか、と小さく呟かれる吾郎の選択肢は、もう限られてしまっている。
「……一回だけだぞ」
その瞬間子供たちの顔は綻んで、わっと一斉に駆け出した。吾郎はその腕を勢い良く引かれながら、どうせ一回で済まないだろうと、溜息を飲み込んで考えていた。
楽し気な笑顔をかわす人々でごった返す園内。それは今までだって見て来た筈なのに、その色は今まで見たものとは何もかも違っていた。
外へ出たは良いものの、自分には喜ばしい情景がそこには広がっている筈なのに、何だか息が詰まってくる。
その時、目の前に一台のゴーカートが走り込んで来た。一台のカートに二人の人影が見える。楽しそうに運転席に座っているのは鏡の万吉だ。無理矢理乗り込んでしがみついている本物の万吉は、停まった拍子に上体がつんのめってしまっていた。
「どうしたんですか? 元気ありませんな?」
ハンドルを握った彼がへらへら悟を見上げて尋ねた。しかし悟はその質問をはぐらかすように、溜息混じりに口にする。
「……完璧だと思ったのに」
本物の万吉を連れ出してしまえば、此方の勝ちだと思ったのに。確実な人質がいたのに、一体どうやって……?
「これですよ」
すると悟の心の内の疑問に答えるかのように、本物の万吉がポケットから取り出した物を悟に向かって投げ渡した。慌ててキャッチしたそれは、万吉が砂時計の中で握り締めていたコンパクトだった。
「こいつ、鏡の中の僕なんです。つまりこいつは、鏡の中なら何処へだって移動出来る。あのアトラクションの中にあった鏡から入ってコンパクトから出て、僕を連れてもう一度同じ道を通って脱出した」
成る程、鏡に映った影という訳か。どおりで容姿が瓜二つな訳だ。
「ねっ、案内してくださいよ、オーナー」
と、鏡の万吉が子供のように言う。
「僕たち、思う存分遊びたいんです。こいつも遊園地に入ってまだ砂糖漬けにしかなってないんで。な?」
「別に俺は良いよ……」
「うっそつけぇ?」
瓜二つの二人が面と向かって話している妙な状況に、悟の表情にも段々と笑顔が戻って来る。しかしそのすぐ後には、また不安が押し寄せて萎んだものに戻ってしまう。
どうせ僕一人では何も出来やしない。結局クライアントに力を貸してもらったり、一に懇願までしなくては、この遊園地を続ける事は出来ないのだ。やがてクライアントとの契約も打ち切られてしまう。当然だ。だからと言ってあんな事までした一たちにずっと協力してもらう訳にもいかない。また僕は、一人……
「きーきー」
俯きかけたその視線に飛び込んで来たのは、甲高い鳴き声を弾ませた、あの小人ロボットたちだった。
「ほーら、一緒に遊びたいって言ってますよ」
鏡の万吉の言葉に反応してか、きーきー鳴きながら喜ぶように跳ねる小人ロボットたち。自分の足元にわっと集まってきて、そのズボンの裾を小さな手でぐいぐい引いている。
「彼らがいるんですから、また一緒に頑張って行けば良いじゃないですか。別に一からって訳じゃないんだし」
「そーですよ。お菓子工場、でしたっけ? 完成したら一番に遊ばせてください。楽しみにしてますから!」
そう言って微笑む二人の万吉に後押しされるように、悟も微笑みを返して、足元に群がる小人ロボットたちをぎゅっと抱き上げたのだった。
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