9.金田一の追憶

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9.金田一の追憶

「楽しかったね! ハナ!」 「うん、そうだね。連れて来てもらった万吉先生にお礼は言った?」 「先生! ありがとう!」 「ったく、お陰でとんだ目に……」 「なぁ、もう少し素直になろうぜ? やっぱり僕の方が……」 「あーっ! 分かったよもう!」  閉園間近まですっかり遊びつくし、日も落ちかける遊園地を後にしながら、万吉たちはやいのやいのと騒いでいた。門の所で散々謝罪と感謝の意を示していた悟の言葉も耳に届いているのか分からない。  一はその様子を微笑ましげに眺めながら、最後尾を歩いていた。  結局、悟の言っていたクライアントらしき人物は見つからなかったのだ。当然と言えば当然かも知れない。いつになっても所定の場所へ来ないから、怒って帰ったのであろう。 「ねぇ、キンダイチ! また来たいよね!」  突然旭が振り返り、自分の方へと駆け寄って来る。それを追った万吉の表情は、怪訝なものであった。勿論、と伝えれば、旭は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる反面、万吉は困ったように溜息をつくのだった。 「本当にお前は、俺の困る事しかしないんだな」  呆れてそう嫌味を呟く万吉に向かって、一は得意の笑顔を彼にぶつけてみせた。  今度はいつ行く、何に乗る? 旭を始め子供たちはわいわいはしゃいでいる。すっかりジェットコースターに慣れた様子の恭四郎も、その輪に入って笑顔を見せている。 「ね! キンダイチ!」  子供たちで勝手に決めた事に同意が欲しく、旭は満面の笑みで一を振り返った。しかしその目が、彼の物と合う事はなかった。  一は明後日の方向を向いて、驚いたように目を丸くしていたのだ。 「……キンダイチ?」  いつもだったら無視された事にふくれっ面をするのに、その時は怒鳴るどころか、声を掛ける事すら憚れた。  良からぬ予感が旭の心に忍び寄る中、一はその様子に漸く気付いて、彼の方を振り返り笑顔を作った。 「あっ、ごめんごめん」 「大丈夫……?」 「うん、大丈夫だよ」  大丈夫、大丈夫……彼がいつも言う言葉なのに、旭でも分かるくらいに繕った口角の隙間から出るその言葉は、あまりにも脆く頼りなく感じられる。  当の一はそんな事には微塵も気付いていないようで、旭の肩を少し力を込めて掴むと、目を忙しなく泳がせながら、早口に言葉を紡いだ。 「旭君、このまま皆と車に戻っていて。僕ちょっと忘れ物したんだ」 「良いよ! 此処で待ってるよ!」 「皆を待たせる訳にはいかないよ。大丈夫、すぐ追いつくからさ」  そう言う頃には、一は少し遠くへ離れていた。追い掛けようと足を踏み出した途端、その肩を大きな手に掴まれた。 「どうかしたのか?」 「吾郎さん、キンダイチが……」  悲しそうに顔を歪ませながら話そうとした旭を、一の早口が遮った。忘れ物をしたから、と聞いた吾郎は何の疑いも持たず、そうか、とだけ口にして頷いた。 「それじゃあ、宜しくお願いします」  片手を挙げて去って行く彼の背中を、もう追い掛けても呼び止めても効果がない事は、旭が一番知っている。  けれどその背中に差す影はあまりにも不吉に旭の瞳に映っていた。 「……早く帰って来てよ!」 「当たり前だろ! すぐ追いつくって!」  走り去って行く一。目の前の景色から消えていくまではあっという間だった。
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