9.金田一の追憶

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***  車の中で余韻に浸っている澪たちを他所に、旭はずっとそわそわとしていた。ポアロが彼の膝の上に乗って遊びたそうに彼の顔を見上げても、彼はそれにすら気が付いていないようだった。 「先輩、大丈夫ですか?」  見かねた恭四郎が声を掛ける。しかし旭は俯いたまま、何も言わなかった。  すると、車のドアを開け、外にいた一花が乗り込んできた。運転席には万吉も乗り込み、そそくさとシートベルトを締めている。 「え……か、帰るの?」 「陽も暮れて来たし、あんまり遅いと親御さん心配するからな」 「ま、待ってよ! だってまだ……」  旭の叫びも万吉は背中で聞きつつ、ハンドルを握る手は離れない。車のエンジン音が鳴り響いた時、旭は焦って車のドアに手を掛けた。 「ちょっと待って。旭君」  その手を優しく押さえ込んだのは、一花だった。見上げたその目に涙が浮かんでいたが、一花はいつものように微笑んでみせる。 「何でだよ! ハナはキンダイチが心配じゃないの!?」 「落ち着いて、大丈夫だから。今万吉先生が探しに行ってるの」 「何言って……先生ならそこに……」  その時、はっとした。フロントミラーを見上げると、映り込む筈の万吉の顔がない。旭も漸く気付いて、その表情には少し安堵が戻りつつあった。 「流石に子供たちは帰さないといけないからって、本物の僕に頼まれた」  それを聞き、旭はまた俯いてじっと黙り込んだ。やっぱりキンダイチはまだ見つかりそうにないんだ……。涙が零れそうになって、思わず唇をきゅっと結んだ。一花はそんな彼の肩をそっと抱いてやる。彼を元気づけてあげられるのは、一がいない今は自分しかいないと思ったのだ。  場の空気を少しでも変えようと鏡の万吉は懸命に笑い声を時発したが、それは乾いた沈黙の中にふわふわ浮くように響くばかりだった。流石に気まずくなりその口を閉じアクセルを踏むと、車はゆっくりと発進していった。 「困った奴だ」  遠ざかって行く車を眺めて、吾郎は咥えていた煙草を携帯用の灰皿に押し付けた。 「行きましょう」  万吉が早口にそう言い、歩き出す。吾郎もその後を追って行く。 「どうやって帰るつもりなんだ?」 「さぁ、どうしましょうね。ゴーカート借りて帰りますか」  似合わない冗談を吐く万吉だったが、その表情は固い。吾郎もそれに笑う事は勿論、嫌味を言い放つ事もなかった。  とうとう陽が落ちて、太陽の余韻を残した空も暗闇に覆われそうになる中、楽しかった筈の観覧車の影が、彼らの前に不気味に聳え立っていた。
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