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今度こそ、四人で――探偵事務所に戻った彼らは、しっかり互いの顔が見えるように座っていた。しかし残念ながら、その口からは一言として言葉が出て来ることはない。じっと黙り込んで、全員が無機質な床を見つめる他なかった。旭の横で行儀よく座っているポアロも、困ったように皆の顔を見ながらも決して吠え散らかしたりはしなかった。
「……それで、どうするんだ」
吾郎の呟きに、全員がまた床を凝視する。
今、一体自分たちはどうしたら良いのだろう。どうするのが正解なのだろう……。
「……俺は」
次に口を開いたのは、万吉だった。
「俺は……一を元に戻したい」
当然の答えだ、そう言わんばかりに、旭も大きく頷く。
「僕も……! だってこのまま忘れたままなんて、悲しすぎるよ!」
「なら、記憶が戻ったらもう一度殺すという事か?」
冷たい言葉にぞっとする。吾郎が上目遣いに此方を睨みつけていた。
「元に戻すという事は、つまりそういう事だろう?」
「それ、は……」
言葉に詰まる。そんなつもりではないと言っても、数秒前の自分の言葉を思い返せば、そう解釈されるのは仕方がない。それに自分は……彼を何処まで元に戻すつもりなのだ?
考え込んだ万吉の顔を覗き込むように、一花が言う。
「思い出させるのは……辛すぎるんじゃないかな?」
死という強大なものを乗り越えた彼女が放つ言葉の説得力は違う。
「怖くて、痛くて、苦しくて、悲しい……知らぬが仏って事もあると思う。思い出さなければ、一はきっと苦しまずに済むんじゃないかな……」
私は、反対。一花はそう言うと、一つ深い溜息をついた。
また沈黙が訪れる。押し潰されそうな空気に、言葉を出そうと絞る喉さえも締め付けられる気がする。
その時、がたっ、と音がした。
「帰らせてもらう」
万吉たちを見下ろし、吾郎が言った。彼らの返事も待たず、すたすたと扉へ向かう。
「ど、何処行くの!?」
「帰ると言っているだろう」
「何でだよ!」
ノブに手を掛けた吾郎はそこで漸く止まって、万吉たちを振り返った。
「私に利益がないからだ。面倒事はごめんだね」
扉の向こうへ吾郎が消えていく。それを見届けると、一花も立ち上がって歩き出した。
「ごめんなさい、万吉先生……」
去り際そう言われたが、万吉は彼女の顔も見れぬまま、背中で扉が閉まる音を聞いていた。
最後に、旭が立ち上がる。足早に扉へと向かう。万吉はそこで漸くはっとして立ち上がった。
「ま、待って、旭君……!」
ところが、旭の細い腕を掴んでいた筈の万吉の手のひらは、次の瞬間空を握っていた。
「僕はキンダイチを元に戻す。だけど……万吉先生とはやらない」
「……は?」
「もう、嘘ついたり隠し事したりする人とは一緒にいたくないんだ」
旭はそう言ってポアロを呼ぶと、ポアロと一緒に扉の向こうへ駆け出して行った。
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