1.宇津美万吉の憂鬱

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「ささっ、遠慮しないで、どうぞ」  むさ苦しい男の一人暮らしだと思い込んでいたから、てっきり出て来るのはカップラーメンかと思っていたが、しっかり一汁三菜が登場し、万吉は目を丸くした。 「お口に合うか分かりませんが」  仁は万吉の向かいに座ると、茶碗を抱えてもりもり食べ始めた。同じ食器を使っているのに、まるで彼のはままごとのようだ。  万吉は小さく、いただきます、と呟いて食べ始めた。お口に合わないどころか、どれも抜群の味だった。暫く黙っているのも何だから、万吉は仁に、おいしいです、と伝えた。仁はそれはそれは嬉しそうな反応を示した。 「どうです、この町。良い所でしょう」  仁に言われ、万吉は何となく、えぇ、と返事をした。正直良いかどうかを今判断するのは難しい。少なくとも、交通機関の不便さは堪りかねるし、自然ばかりが豊かでコンビニすら見当たらない。トイレに行きたくなったら、その辺にしてしまうのだろうか。この状況じゃなかったら、もう二度と来ないだろう。 「診療所の具合は如何ですか? すみませんねぇ、あんなものしか用意出来なくて」 「いえ、気長に掃除していきますよ。……そう言えば、今日患者さんがいらして」  本当ですか! 仁は食べる手を止め、身体を前のめりにして万吉に近づいた。 「良かったです! やっぱり、病院はなくてはなりませんから! 皆が必要としてくれてるって事ですね! で、誰が来たんですか?」 「川辺さんって方です。大工さんの」 「あぁ、あの人。腰が痛いと?」  えぇ、と頷いて、万吉はまた味噌汁を啜った。  ところが暫くしても、仁の方から話を続ける様子や食事を再開する音が聞こえて来なかった。万吉がふっと顔を上げると、彼は何か考え込むような表情を浮かべていた。 「……何か心当たりでも?」  万吉の問いに過敏に反応した仁は、また前のめりに近づいて、ずいと万吉に顔を寄せた。 「っ!? な、何です……」  あまり近距離にいるのでピントが合わない。離れようと後退りしたが、背後の棚の所為でこれ以上下がる事が出来なかった。 「先生! 愚問ですが!」 「は、はい……」 「幽霊なんて、信じますか!?」 「……へっ?」
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