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「元さん……あの祠を壊した所為だと思います。腰を痛めたの」
よくある話だ。工事の途中に突き当たった祠を、元さんこと元則は、周りの反対も聞かずに壊してしまったのだという。何となく「迷信に決まっているだろう!」と彼が怒鳴る様子が思い浮かんだ。
「あれは、この町で命を落とした落ち武者を祀っていた祠だったんです」
「成る程ね……」
そう呟いて、万吉はご飯を頬張る。彼の好みの炊き具合なので、仁の話を耳で聞きながら、夢中で頬張っていた。
あの、と仁はトーンを変えて言った。
「……全然驚かれませんね?」
どきっとして、思わず顔を上げると、仁は物珍しそうに万吉の様子を窺っていた。
「こんな話したら、良い大人が、とか、てっきり仰られるかと」
「……ま、そういう事もあるんじゃないですか。僕は知りませんけど」
万吉はそう言って、ご飯粒を口の端に付けたまま、また彼から目を逸らした。
ところが仁は、幽霊の存在を否定されなかったのが嬉しかったのか、その話を広げ始めたのだ。
「私はね、幽霊って信じてるんですよ。だって色んな所で目撃情報あるでしょ? 私は一回も見た事がないのになぁ」
その後には当然、見てみたい、という言葉が隠れているに違いなかった。万吉の一番嫌うタイプだ。だから彼は、その言葉に一切の返事をしなかった。
「……ご馳走様でした」
仁より先に完食すると、すぐさま立ち上がった。
「あっ、皿は私が洗っておきますんで。結構ですよ」
別にその気はなかったのに、仁はそんな事を言ってきた。万吉は軽く会釈を返す。
「お腹空いたら、いつでも言ってください。食事作って待ってるんで」
成る程、三食付いているとはそういう事か。でも別にまずい訳ではないので、そのご厚意はありがたく頂戴したいものだ。
「あと、寝る所も診療所じゃなんでしょう。先生のお部屋、ちゃんと用意してますから」
「……というと?」
「この家の二階です。悪くないですよ」
……まぁ、ご厚意には甘えさせてもらうべきだ。
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