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一応、今日はまだ休診である。元則は想定外だったが。
万吉は仁から借りたママチャリに跨って、ある場所へと向かっていた。
「あらぁ、貴方が、新しく来たお医者さん？」
花屋のおばさんは、実に間抜けそうに言った。神経痛が酷くて、と話をし始めた彼女に、万吉は淡々と診察開始日だけを伝え、さっさと花を買って店を出た。
その時買った花は、ママチャリの籠に入っている。舗装されていないでこぼこした道にバウンドする度、菊の花はその匂いを漂わせる。
……あいつの為に、少し大袈裟過ぎたかな。
頭上には真っ青な青空が広がっていた。万吉はそれを見上げて、遠い日の事を思い出していた。
彼がこの町に来たのは、もう一つ理由があった。
「万ちゃん、お医者になるんだろ？ 凄いなぁ」
高校時代に仲の良かったその人物もまた、何ともふざけた名前だった。
「僕？ 僕はね、探偵になるんだ！ はは、凄いだろ？」
――彼の名前は、金田 一と言った。
実際、彼は本当に探偵になるのではなかった。警察学校に行く為に猛勉強していた背中を今でもよく思い出せる。その頃は医大に進む為にまた猛勉強していた万吉と、切磋琢磨し合っていたものだ。彼は夢を叶えて、見事刑事としてその職を全うした。
万吉も、勿論夢は叶えたのである。だが現実は厳しかった。医者になってからを、上手く想像出来ていなかったのだ。
――なぁ一、お前は刑事として、本当にやりたい事が出来たのかい。
唯一無二の親友に、一度そう聞いてみたかった。けれどもう、その僅かな願いも叶わない。
彼はもうこの世にいないのだから。
可笑しな話だ。自分は嫌という程幽霊が見えるのに、どうして一の姿は一度も目にしないのだろう。でもその理由も、何となく見当がついた。
彼の故郷はこの小さな町だった。祥太からこの町の名前が出た時、真っ先に浮かんだのは彼の顔だった。遠くて行く事など滅多になかったこの町に、まさか親友の墓参りで来る事になるとは。しかもそこで、医師として働くなんて。
彼だけは本当に、信頼出来る友人だった。何処かのガキ大将の言葉を借りるならば、まさに心の友というやつである。彼だけには、自分の不思議な力を打ち明ける事が出来た。
一は万吉の事を不気味に思ったり、馬鹿にしたり、僕も見たいなんて言い出したりはしなかった。
「人間何億といるんだ。不思議な力の持ってる人なんて、いたっておかしくないじゃない」
そんな事を気にしている自分が、やけに馬鹿らしく思えて、その時は恥ずかしさを紛らす為に大袈裟に笑ったものだ。
思い出に浸るうちに、とうとう目的地が見えて来た。
彼の眠る霊園――桂田霊園が。
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