1.宇津美万吉の憂鬱

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 てっきり廃れ切っているものかと思っていたが、案外そうでもなかった。寧ろ綺麗過ぎる程に整われていた。しかしよく考えれば納得がいく。祠一つ壊しただけで町民揃って騒ぎ立てる人々である。未知のものには人一倍敏感なのだろう。  本当なら、一の墓の前でゆっくり思い出に浸りたい気分であった。だが残念ながら、そうもいかないようだ。  『金田一之墓』と彫られた墓石の前に大勢の幽霊が群がっているのが、万吉の目に映ってしまった。  見えなければ何という事はない。いくらだってあそこにいてやる。しかし墓の前に群がる幽霊の数は、最早尋常ではなかった。どれだけ見えないふりを押し通そうとしても、流石にこの人数では気にしない方が難しい。  幽霊たちは何やらわいわいがやがやとしていた。じっと立っていたり恨めしそうに睨んでいる幽霊も多いが、こうして普通の人間のように井戸端会議をしている奴らもいるという事を、万吉は長年の経験から知っていた。しかし井戸端会議にしては、やけにその数は多過ぎた。  またにするか、そう思って、万吉はゆっくり背中を向けた。此処で奴らに気付かれては面倒だ。菊の花を抱え、ゆっくり歩きだす。  そうさ、俺は何にも見ちゃいない。聞こえちゃいない。今日は何となく気が向かないから、墓参りなんかやめにしたんだ……。言い聞かせるように目を瞑って考えながら、石段を下りて行く。  ――ふわっ。 「……あ」  地面かと思って油断した足はまだ宙に浮いている。異変に気付いて目を開けた時にはもう遅かった。  前のめりに傾いたその身体は、重力に抵抗出来る筈もなく、派手に転がり落ちた。  ――がしゃーん! りりりん!  転がり落ちた先には乗って来たママチャリがあり、彼は思いっきりそこへ突っ込んだ。非常事態を知らせるが如く、地面に叩きつけられベルはけたたましく鳴り響いた。  手放した菊の花が宙を舞って、花弁を散らしながら万吉の元へ落ちて来る頃には、もう既に彼の意識はそこにはなかった。
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