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静かな前奏と共に即座に立ち位置へ移動する三人。
ゆったりとしたテンポに合わせてユミが中央で一歩前に出る。
アケミはそれに続いて左前方へ。
更にさきえが右前方へ。
曲の音圧とテンポは徐々に上がり、一気に熱量が増す。
澄ました顔で踊り出す三人に共感性羞恥心を覚え目を背けそうになったけいこだったが、それもほんの初め数秒の事だった。
アイドル見習いと言うには些か大人過ぎる三人のその踊りの激しさは、先程まで彼女らへ抱いていたイメージを瞬時に変える。
歌声は収録したものだったが紛れもなく彼女達のもので、音楽に疎いけいこには上手い下手は分からなかったが、何か少年少女達の歌声には無い、訴えかける様な力強さがある。
……ような気がした。
口パクで踊る彼女たちの一挙動一挙動が歌声と重なる。
誰も手を抜いているようにも見えない。
何よりも、けいこには〝自分と同世代の女性〟がここまでやっていると言う事実が衝撃的で、何やら言いようのない気持ちが湧き上がるのを感じていた。
資料で目に止まった一文が脳裏を過ぎる。
『アイドルに年齢制限は無い』
今目の前で踊る彼女達は都合よく若返って見えている訳では無い。
けれどその目はそれを払拭する程に、芯に何かを本気で目指している人間の目をしていた。
あ!
曲も中盤を過ぎて、すっかり見入っていたけいこがそう思った時には手遅れだった。
センターから動いたユミとパッと一歩踏み出したアケミがそれなりの勢いで衝突し、三人の踊りは停止した。
ユミは体格差で負けてすっ飛び、アケミもその場で尻もちをつく。
今しがたまでの熱気はどこへやら、けいこはそのアクシデントで一気に現実へ引きずり戻された。
「いった……ユミ! あんた、前も同じところでミスったでしょ!」
間髪入れず怒号を上げたのはやはりアケミの方だった。
「ごめんなさい!」
恐らく相当なダメージを負ったであろうユミの方が、可哀想なくらい小さくなって飛ばされたその場でサッと正座してぺこぺこ頭を下げている。
そこへ、さきえが息を整えながら少し遅れて二人の会話に割って入った。
「アケミさんま、待って下さい。はぁ、はぁ……あのそれ、さっき……ユミさんがぶつかるからって、はぁ、ふぅ。振り変えたところですよ」
「え!」
「しかも……はぁ、アケミさんの提案、です……はぁ、はぁ……」
上がる息を必死で制御しながら話すさきえを見て、アケミはバツが悪そうに目を泳がせる。
「あ! あの、私も、忘れてましたし……すみませ……」
「うるっさいな! あんたはすぐに謝るな! 悪かったわよ! 大丈夫なの?」
アケミは小走りでユミに近寄ると、謝罪なのかなんなのか分からない事を喚きながら手を差し出した。
恐縮しながらアケミの手を取ったユミはぐいと引き上げられ、その勢いでまたよろめいて照れくさそうな笑顔を見せる。
争いは避けられたようだったが、けいこはその二人よりも未だに膝に手をついて腰を折りゼェゼェと肩で息をするさきえが心配でたまらなかった。
「ちょっと。大丈夫なの?」
アケミもそれに気づいた様で、いつの間に手にしたのかペットボトルの水を差し出しながらさきえの背中をさする。
その様は踊りの壮絶さを語るに充分で、けいこは早くも気負けしそうであった。
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