12人が本棚に入れています
本棚に追加
休憩後は夕方の買い物ラッシュが始まり、閉店まで息を着く暇もない怒涛の忙しさに呑まれけいこはあれ以上の追求を免れた。
閉店後も明日の金曜日へ向けて発注をする者、在庫整理をする者とばたばたと店内は慌ただしく回り、一刻も早く帰宅したい従業員達は我先にと与えられている役割を片付けてタイムカードを切る。
黒田は基本的には早上がりの為早々に職場を後にしていたので、けいこも安心してレジ締めをした後、帰宅準備に取り掛かった。
「あ! けいこさーん! お疲れ様でぇす!」
その声に、けいこはその場で崩れ落ちそうになる。
昨日今日の気疲れの元凶、遅番出勤の佐伯のご登場だ。
「お疲れ様」
愛想なく返して一刻も早くスタッフルームから離れようとしたけいこは、慌て過ぎて鞄を取り落とし中身をその場にぶちまけた。
「わ! 大丈夫ですか?」
自分のやらかしに呆れ気力もつき果てたけいこはもたもたとそれを拾おうとしゃがみ込んだものの、佐伯の機敏な動作で鞄から溢れ出ていた物はひとかたまりにまとめられ、既にけいこに差し出されていた。
「なんだかいつも以上にお疲れですねぇ?」
あなたのせいよ! と言いたいのをぐっと堪えながら力なくお礼を伝えた所で、拾いきれなかったお弁当が入った袋へ佐伯は手を伸ばす。
「あれっ? これまだ入ってません?」
佐伯は基本的に素直すぎて、痛いところをついてくる。
「ああ、今日は気が変わってカフェへ……」
そこまで言った所で、けいこはこれ以上気を遣う事をやめた。
「……黒田さんに尋問受けそうになったからカフェに逃げたのよ。カフェじゃお弁当食べられないでしょ」
取り繕うのに疲れたと言っても良かった。
佐伯が余計な事を言ったからと今日ばかりは嫌味を言ってやろうとすら思う。
そもそも、佐伯はアルバイトに入った時からけいこにはそんなつもりも無いのに何故かやたらめったらに懐いてきて、離婚後すぐの他人に業務以外で心を砕く余裕の無かったけいこにとっては鬱陶しい事この上なかった。
声とリアクションは大きいし、誰にでも臆すること無く関わっていくし、快活に笑い、大人になると言いづらい様な事をさも若さの特権とばかりに悪気なく口にする。
変に目立ちたくないけいこにとって、極力関わりたくない人間ナンバーワンと言った所だろうか。(因みに同率一位は黒田である)
「あー、黒田さん私もぶっちゃけ苦手です。何かと突っかかってくるんですよねぇ。暇なのかな」
冗談交じりに苦笑いで答えた佐伯は、お弁当袋を軽くはたいてから中味を気遣う様にけいこに手渡した。
「苦手だったの? 意外だわ」
お弁当袋を受け取り鞄の中へしまい込みつつ、けいこなりに精一杯の嫌味を言ってみたが、伝わらなかったらしい。
「いつも逃げ回ってます」
えへへ。と佐伯は小首を傾げて悪戯っぽく笑った。
「逃げ回る?」
「はい。だって、顔を合わせたら誰々さんとなんの話ししてたのー? とか、何何さんってどうこうよねーとか、そんな話ばっかりで。私そう言うの探られてるみたいでちょっと苦手ですね」
そこでけいこは「ん?」と思う。
この二日間、むしろ今まで自分が思っていた佐伯への印象に食い違いが生じ出した。
「あなた、門田さん……私が休みの日に来てた男性の話、黒田さんにしたんじゃないの?」
「え! する訳ないじゃないですか!」
佐伯は目をまん丸にして全力を持って否定を表す様に顔の前でぶんぶんと手を振った。
「私、あの日は店の前であの男の人見かけて、とりあえずけいこさんが休みかどうか分かんなくてスタッフルームに居た適当な人にけいこさんのシフト聞いただけです」
「やだ。私てっきり佐伯さんが黒田さんに話したのかと……」
「話す訳ないじゃないですかー! しかも黒田さんなんかに!」
佐伯は苦虫を潰した様な顔で小刻みに首を振る。
ちょっとどころか、相当黒田が苦手らしい。
「って事は、尋問ってあの男性の事だったんですね」
「え、ええ。そうね」
現金なもので、彼女の黒田へ対するひと通りのリアクションが余りにも正直で、けいこの佐伯に対する警戒心はほぼ解けてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!