【休載】ババア×アイドル-ババイドル-

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 午後十時半。  漸く終了したパート業務に深いため息をつきながら帰り支度をしていると、自分より少し後にアルバイトとして入ってきた佐伯という二十代前半の女子大学生が声をかけてきた。 「けいこさん、今日レジ中に何か渡されてませんでした?」  ゴシップ好きの佐伯が目をキラキラさせながら口にした言葉に、けいこはすっかり忘れていたエプロンポケットの紙を思い出す。 「そういえば、あったわね」 「何だったんですかぁ?」  期待に満ちたその声色には、明日には職場内の噂にされるであろうことが安易に予想され、けいこはうんざりと肩を落とした。 「……あら? 間違って捨てちゃったみたい。残念だけど何だったのかは分からないわ」  けいこは一度鞄を漁る振りをしてから肩をわざとらしく竦めて、まだ何か言いたそうな佐伯から逃れるように足早にロッカールームを後にした。  ああは言ったものの、面白い事も特にない毎日にすっかり慣れていたけいこは小さなアパートに帰宅するや否や、純粋な好奇心から洗濯するために持ち帰ってきた制服のエプロンポケットをまさぐり例の紙を取り出した。 「名刺……」  その小さな紙の見慣れた配列の文字を確認して、もっとよく見ようと部屋の蛍光灯をつけると、こざっぱりした物の少ないリビングに腰を下ろす。  ――エイティエイトプロダクション   アイドル事業部 部長 門田 優心 「は? アイドルって何?」  途中まで読んだ所で、けいこは思わず声をあげた。  そもそもプロダクションの名刺など見た試しもないけいこにとってはこれが嘘か真かの判断はしようがない。  しかし、よりによって自分へ渡された名刺に表記されたその『アイドル』の文字は、詐欺にしてもあまりにも陳腐で現実味が無いのではないだろうか。 「はー。 ばかばかしい」  鼻で笑いながら残りの住所やら電話番号にもついでに目を滑らせてから、テーブルに投げ捨てるように名刺を置いて、けいこはそのままごろりと横になった。
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