【休載】ババア×アイドル-ババイドル-

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 ――ピリリリリ  次の日の朝十時。  けいこは普段滅多に鳴らない電話の着信音で目が覚めた。  スマートフォンの画面を確認すると『佐伯さん』と表示されていて、昨夜のやり取りを思い出しけいこは寝起き早々げんなりとする羽目になる。 「……もしもし?」  布団に寝転がったまま極力ハキハキとした言葉で応じると、興奮気味の佐伯の言葉が食い気味に跳ね返ってきたものだから、けいこは眉間に皺を寄せて受話口から耳を少しだけ離した。 『あ! お休みのところすみません。今大丈夫ですか?』  本当は文句のひとつも言いたいところをぐっと我慢して要件を促したところ、再び元気よく返ってきた佐伯の言葉にけいこは今度は勢いよく身を起こした。 『昨日けいこさんに何か渡してた人がまた来てます! けいこさんを探してるみたいです!』  けいこは佐伯に軽く取次の礼を言うと、すぐさまテーブルに置いた名刺をひったくるように手に取る。  何度も数字を確認しながら慎重に番号を打ち込むと、最後にもう一度大きく深呼吸して発信ボタンに指を当てた。 「もしもし」 『はい! 門田です』  三コールもしない内に昨日突然かけられた声と同じ声色の返事が返ってくる。 「あの、昨日〇〇スーパーで名刺を頂いたものなんですけど……」  異性との音声通話は何年ぶりか分からないけいこの心臓は、今にも口から飛び出しそうだった。 『あ! お電話ありがとうございます!』 「はい。あの、昨夜は仕事が終わったのが遅かったもので……。ご連絡遅れてすみません」 『いえいえ! わたくしも配慮出来ずすみません! ご連絡頂けて嬉しいです!』 「はぁ。あの、今日私仕事が休みでして……」  職場に来ている旨を知った上で謝罪の為に出た言葉であったが、まるで誘っているようでは無いか? とけいこは自分の発言に余計な憶測をしてついかっと顔を熱くした。 『あ! そうだったんですね。すみません、私先走ってしまい〇〇スーパーさんに来てしまっていまして……』  どうやらけいこの心配は杞憂に終わったようで、相手……門田はあっけらかんとした声で自分の行動を軽率だったと軽く笑った。 「あの、それでえっと……どの様なご要件でその……お名刺を?」  色々と確認したいものの、有り得ない状況故に上手い具合に言葉が出てこない。 『いやぁ、この度は突然で本当に申し訳ありませんでした。私エイティエイトプロダクションの者でして』 「はい。昨夜名刺拝見致しました」  まだ信用し切った訳ではないですが。と言いそうになるのを堪える。 『あ、見て下さったんですね。ありがとうございます。あ、全然怪しいものではありませんのでご安心下さい!』  けいこが言うまでもなく、門田はそう言ってまた軽く笑い声を上げた。 『それでですね、実は私、仕事で新しい企画を立ち上げ中でして。その企画立ち上げに伴い新規メンバーをスカウト中なんです』    ――やっぱり仕事だ!  電話を持つ手にぐっと力が入ったが、すぐさま不信感に襲われる。 「あの……その企画って私みたいなレジパートがその……出来るような事なんでしょうか。経歴や資格もあまりないんですが」  そうだ。そうなのだ。  けいこにはそんな新規の企画を手伝う程のスキルはきっと到底持ち合わせていない。 果たして、突然のスカウトという形態で、その企画とやらを手伝えるとどう判断したと言うのだ。 『いえ、私の目は間違いありません。きっと貴女なら出来ると思っています。勿論、貴女の努力次第ではあるのですが……』  まるで成果報酬を謳うマルチの様だ。 「はぁ。因みに私は何をするんでしょうか?」  とりあえず聞こう。とけいこは腹を括り受話口に耳を澄ます。 『はい! 貴方にアイドルになって頂きます!』
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