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『貴方にアイドルになって頂きます!』
先程聞いた突飛な言葉は、未だけいこの脳内をリフレインしている。
「……は?」
受話口から聞こえた門田の言葉に、けいこから自然と最短の疑問詞が飛び出た。
『突然で驚いてらっしゃるのは重々承知です。ですので、出来ればもっと詳しいご説明をしたいのですがお時間ございますか?』
「いやいや。え、アイドルってあのアイドルですか?」
けいこの脳裏に浮かぶのは華やかな衣装を身に纏い、若さ溢れる少年少女達が歌い踊る姿。
予期せぬ返答に、けいこは熱がある訳でもないのに空いている手のひらを額にあてて、門田の質問に質問で返す。
『はいそうです!』
「あの、からかうのはよして下さい」
『いえ、本気です』
門田は今度は声のトーンを落として、ゆっくり、はっきりと答えた。
しかしその口ぶりに対してけいこの脳内には詐欺の文字が浮かぶ。もしくは、アダルト関係の文字。
「門田さん、すみませんがあまりにも現実離れし過ぎていてその、失礼を承知で申し上げますが、信用しかねます。年齢だってもう三十をとうに過ぎています」
けいこは八畳のワンルームをテーブルを中心にして意味もなくぐるぐると歩き回りながら、門田に負けない様にはっきりと口にした。
『勿論、皆様初めはそう仰っていました。だからこそしっかりした説明をさせて頂きたいんです』
「みなさま?」
歩みをぴたりと止めて、けいこは門田の言葉をオウム返しする。
『はい。グループでの活動を視野に入れていますので、数名の候補にお声がけはしていますし、既にレッスンを開始しているメンバーも居ます』
どういうこと……。とけいこの口から無意識に言葉がこぼれ落ちた。
『電話口での簡単な説明となって恐縮ですが、私が今立ち上げて進行している企画は、社会人としてそれなりに長く生活している世代で構成したアイドルグループの設立なんです』
「そんなバカな……」
『他のお声がけしたメンバーもご紹介します。現在進行している企画のご説明をさせて下さい!』
今度は切実さが籠った口調で、電話口の向こうで頭でも下げているかの様に切に門田はけいこに再度頼み込む。
『本日の午後から、現在確定しているメンバーのレッスンがあります。お時間があれば見学に来て下さい』
「どうして……私、なんですか……?」
呆気にとられたまま、どんどん進む話を引き止める為にけいこはなんとか絞り出す様に疑問を投げかけた。
『そうですね。私が集めたいアラフォーアイドル像で必要な要素は多数あったのですが、一番初めに貴女をスカウトしようと思ったきっかけはスーパーでの試食販売をしていた姿、その中でも特に声ですね』
「う……嘘でしょ」
けいこは思わずその場にへたり込む。
突っ込みが追いつかない。
最後に試食販売をしたのは外注していた販売員が突然休んでしまい、出勤していた中で一番若手だったけいこに白羽の矢がたった時。
二ヶ月以上前の事である。
「そんなに前から……」
全然気づかなかった。なんと言う執念だ。怖すぎる!
『私も今回の企画に力を入れているので、申し訳ありませんが数ヶ月間かけてかなりの人数の方々を入念に選別していました。本気です』
座り込んだまま無言でけいこは思考を巡らせた。
『一度、レッスンをご覧になるだけでも如何でしょうか』
受話口から聞こえる門田の声はほんの少しだけ控えめになった様に感じる。
何も納得のいかないまま、その勢いと謎の熱意にけいこは無意識の内に、承諾の言葉を返していた。
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