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小柄な女が事務所から出ると、けいこにお茶を出したさきえは門田にすぐに連絡を取り、彼は渋滞に捕まり三十分ほど遅れてくると手短に伝えて出入り口とは別の扉へ消えて行った。
閑散とした事務所のパーテーション内に残されたけいこがお茶をすすりながらぼんやりしていると、出入り口の方が再び足音と共に騒がしくなる。
「あんたよく今の今で私の前に顔出せたわね!」
扉が開くやいなや事務所内に響いたのは、怒りを孕んでいるもののほんの少し掠れた色気のあるよく通る声だった。
「アケミさんの言い分は私も分かりますけど、とりあえずその話は今度マネージャー交えてもう一度話しましょう!」
続いて聞こえたのは、小柄な女の声。
どうやら、掠れた声が〝アケミ〟という女らしい。
そして途端にエレベーターに籠っていたあの香水の香りがけいこのいるパーテーション内にまで広がった。
つまり、予想するに。あのエレベーターですれ違った女が〝アケミ〟という事になる。
「だいたい初めから気に食わなかったのよこんな事! こっちは普段雇われのあんた達と違って自分の店の営業時間セーブして参加してるってのに何なのこの扱い!」
依然ヒートアップしたままのアケミはどうやらパーテーションに区切られた中に居るけいこの存在には気づいてないらしい。
何の話なのかは分からないが取り繕う事もなく門田やさきえ、そして〝ユミ〟という人物の文句を吐き続けながら、その声と足音はずんずんとけいこへ近づいてくる。
「だからっ! ……あら。あなたさっきの……」
パーテーションの隣に設置されていた冷蔵庫に手をかけた時、漸くアケミはけいこの存在に気づき眉間の皺を解いた。
不本意ながら全てを聞いてしまっていたけいこは、気まずさでどんな顔をしていいのか分からないながらおずおずと会釈する。
「今朝門田さんから連絡来てたスカウトされていらっしゃった方です!」
慌てて小柄な女が二人の間に滑り込みアケミに説明すると、先程怒りを解いていた表情が再度みるみる怒りの色に染まった。
「信っじられない!」
そう一声あげ、アケミは冷蔵庫からは何も取らずに踵を返してばたばたとさきえが消えた扉へ向かい、これまた大きな音をたてて扉を開け放つ。
「さきえ! 門田、またあんな冴えない女に声掛けたの!?」
アケミの声はとてもよく通る。
その辛辣な言葉をしっかりとけいこの元へ届け、それに続いてバタンと乱暴に扉が閉まる音が事務所に響いた。
小柄な女が初めと同じようにまたおろおろと狼狽えけいこの顔色を伺う。
しかしけいこ自身は怒るどころか、ちょっと笑いそうになりながら鼻で軽いため息をついた。
(私が誰よりもそう思ってるわ……)
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