【休載】ババア×アイドル-ババイドル-

9/14
前へ
/14ページ
次へ
 連絡通りぴったり三十分遅れて颯爽と門田が事務所に現れた時には、けいこはユミとの会話ですっかり気疲れしていた。  そんなけいこの気持ちを知る由もない門田は、挨拶もそこそこに初めの電話口で話した様な事を再度説明すると、荒れ狂っていたアケミが消えた扉の方へ早速けいこを案内する。 「こちら奥が基本的にメンバーが練習をしているスタジオです。手前のこちらの部屋は更衣や荷物置き場等に使って頂いている所謂ロッカールームですね」  まるで物件を紹介するかのような手際で門田がひとつめの扉を開くと、彼が言う様に細長いグレーの事務ロッカーが規則正しく七つ並んだ十畳程の空間が広がっていた。  ロッカーの奥には少し昔の洋服屋にあったようなカーテンで囲むタイプの簡易の試着室が設置されており、自治会なんかでよく見かける長机が部屋の中央に鎮座している。  そして奥の扉からは、僅かに篭った様な音が絶えず流れていた。 「そしてこの奥のスタジオではダンスレッスン程度なら問題無く出来る様になっています」  そのまま門田が奥の分厚い扉をぐっと引くと篭っていた音は途端に音圧をあげ、同時に流れてきた熱気に思わずけいこは目を見開いた。  スタジオと呼ばれたそこは、簡易とは思えぬ奥行と広さで、入って右側の壁は全面鏡張りになっている。  スタジオ奥で汗を拭っていたさきえは門田の姿を認めると即座に近くに置いていたリモコンを操作して流れていた音を止め、お疲れ様です! と部活ばりの大きな声を張り上げた。  鏡に向かって何やら動いていたアケミは、音が急に止められたことにあからさまに不満げな表情を浮かべつつ、さきえとは打って変わってだらだらと聞こえるか聞こえないかの声でお疲れ様ですと口にする。 「今日は皆さんの練習風景を見て頂くだけですので、そのまま練習続けて下さい」  にこりと毒気のない笑顔でそう言った門田を一瞥したアケミは、腰に手を当ててわざとらしい大きなため息をついた。  そのため息だけで、けいこの後ろをついてきていたユミがびくりと体を強ばらせた気配がする。 「門田さん、ちょっといいですか」  アケミは門田につかつかと近寄るとそのままスタジオの外に出るよう門田を促したが、意外にも門田は表情を崩すこと無くそれを無言で拒否した。 「……あの。すぐ済むので」  動かない門田にアケミは更に追い打ちをかけるように迫るが、やはり門田は動かない。 「門田さん?」 「後程にしましょう」  アケミの気迫もものともせず門田はひと言だけそう言うと、扉をきっちりと締めてスタジオ奥へすたすたと進みパイプ椅子を隅にふたつ並べた。 「こちらにどうぞ」  アケミを置き去りにしてけいこにパイプ椅子のひとつを勧め、持っていた鞄からクリアファイルに挟まった紙を引っ張り出す。  目の前のアケミと門田の攻防を横目にけいこはそそくさとスタジオ奥の椅子へ腰を降ろした。  今にも舌打ちしそうな、悔しそうな顔で門田を一瞬だけ睨みつけるもすぐに諦めた表情に切り替わったアケミは、またたらたらとフロアの中央へ移動してぐっと背伸びするように体を伸ばす。 「ほら、何してんの。ユミもやるわよ」 「は、はい!」  依然出入口でおどおどしていたユミは、アケミの言葉にほっとした様に笑顔を向けてちょこちょことアケミの側へ駆け寄った。  中央に集まった三人はさきえの持つ紙を見ながら何やら話し合っている。  皆一様に真剣な顔で時折手を上に伸ばしたり確認する様にその場でくるりと回ったりして、その度にさきえは紙に何かを書き込んでいる様子だった。 「皆さん自己紹介等はしましたか?」  ぼーっと三人を眺めていたけいこは門田のその言葉にハッと我に返る。 「あの、お名前はユミさんから伺いました。後、ユミさんとアケミさんはスカウトだと……」  ユミの話を思い出し、けいこは指先を弄りながらたどたどしく答えた。  門田はにこにこしながらそうなんですよと何やら自信に満ちたような顔で得意げに相槌を打つ。 「アケミさんはスナックのママをやってらっしゃってて、ユミさんは保育士さんでした。今は休職中なんですがね」  ぺらぺらとメンバーの職業、所謂プライバシーとも取れる話を明かす門田にそれは聞いてもいいのかと思いながらけいこは曖昧な返事を返す。 「あ、良かったら今の時間にこちらの資料読んでみてください」  そう言うと、門田は先程鞄から出していた手元の紙をけいこに渡して席を立ち三人の元へ行ってしまった。  渡された紙には 『大人の為のアイドルの企画』  と、何の事やら分かりづらい、しかしそのまんまのタイトルが振ってあり、その下にパワーポイントで作成されたと思われる形式で各項目ごとの要点が纏められている。  項目には 『目的』『概要』『狙い』などとこれまた企画書としてはパンチの薄い流れが組まれており、けいこは早々に読む気が失せたが、何故かその中のとある一文に目が止まった。 「お待たせしました! 今から少しだけ! 出来上がっている所までですが、このグループで発表が決まっている楽曲ご覧になってください!」  突然門田が張り上げた声に驚いてけいこが顔を上げると、彼はまた得意げな顔をして再びけいこの隣に腰を下ろした。  そしてリモコンを操作し、再生ボタンを押す。 「はい! スタート!」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加