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煌めくスポットライトの中。
体の節々はとうの昔に悲鳴をあげている。
現役達より早いショーのタイムリミット。
繕え、表情筋。
伸びろ背筋。
掲げろ両手。
あと一歩。
ステージから私という存在が見えなくなるまで。
大人の夢を続けろ。
ーーーー
「お仕事中すみません」
けいこがいつも通り淡々とレジ作業を繰り返す中、『のど飴アソートお徳用』という商品を赤外線に潜らせたタイミングで普段聞かない声を掛けられた。
「……はい?」
聞き間違いかと思いながら顔を上げると、昼下がりのスーパーには不釣り合いな上品なグレーのスーツを纏い、髪をオールバックにセットして程よく清潔感を纏った男がこちらをじぃと見ていた。
「あ、すみません。 突然お声をかけてしまって」
慌てたように内ポケットをごそごそさせるその様は、クレームといった雰囲気でもない。
「えと……何か?」
なかなか話し出さないその男の後ろに二人ほど列ぶ主婦と思しき女性達には、既にほんのりと迷惑そうな表情が浮かんでいる。
「すみません、後ろのお客様が……」
たまりかねておずおずと声を掛けた時、その男はようやく内ポケットから引っ張り出した皮の小さく薄いケースから、同じサイズの薄い紙を一枚引き出してずいとけいこに差し出した。
「あの、突然で大変恐縮ですが、お仕事終わりましたらで結構です! こちらにご連絡頂けますか!」
早口で捲し立てながら、男は再び自分へ向けて手元の紙をさらに差し出す。
「えっ。 あ。 はぁ……」
その勢いに促され、いや、何より早く後ろで不穏な空気を滲ませ列ぶ客達のレジに移りたい一心で、けいこはその紙を受け取り制服のエプロンポケットへ押し込んだ。
「ありがとうございます! お仕事中大変申し訳ございませんでした!」
男はたった一点の『のど飴アソートお徳用』の代金をお釣り無くキッチリ支払うと、そそくさとその場を立ち去る。
怪訝に思いながらそれを見送るが、それもすぐに忘れてけいこは淡々としたレジ作業を再開するのだった。
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