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形見と傾見
ガバッ…。
「もう少しだけ、このままいさせてくれないか。 」
私は彼の気持ちを全て受け止めた。
___彼女の誕生日
「わぁ、ありがとう!」
「ワンピース…欲しかったって言ってただろ。」
「でも、なんだろうね。偶然にも私の誕生日と亡くなったお母様の誕生日が一緒だなんて。あっ、ごめんね。」
「いや、いいよ。変に気を遣わないで。もしかしたら、母さんの生まれ変わりだったりして!なんてな…ハハハ。」
「ふふっ…。じゃあ、こっちへいらっしゃい。お母さんが膝枕してあげるから。」
「おっ、いいね!」
彼は彼女の膝に頭をのせる。
「母さんが亡くなってから丁度、15年か。あの時は俺も小学生で毎日のように泣いてたかなぁ。あっ、なんか母さんの匂いが…」
「ちょっと、もぉ、やめてよ。あぁ、そうだ。今度のデートどこいく?」
「うーん、じゃあ湖でも見に行く?」
「らじゃー!」
___デート当日
「じゃーん、貰ったプレゼント着てきましたー。」
「……す、凄く似合うよ!」
「んっ、今何か言葉詰まらなかった?」
「いやいや、綺麗すぎて、見とれちゃったんだよ。」
「ふーん。ありがとう。」
トコトコ…橋の上で幻想的な夕闇の景色を見る二人。
「この場所って、何か思入れのあるとこ?なーんか今日は物思いにふけって、ぼーっとしてたような気がしたけど。」
「あっ…うん。ここは、母さんと一緒に最後に訪れた場所なんだ。こうやって、二人で橋の上で向こうの景色を眺めていたなぁ。あの頃は背も低くて、あまり見えなかったけど、こうして見ると本当に……綺麗だ。」
「そっかぁ。じゃあ、もぉ今日は私のこと母さんだと思って、甘えちゃいなさい!」
ガバッ…。
「えっ…!」
「ごめん、ごめんな。」
「な、何?急に?」
「何か騙しているようで、本当にごめん。実はそのプレゼントしたワンピース…母さんの形見なんだ。体型も雰囲気も…面影もそっくりだったから、どうしても着て欲しくて…」
「……。」
「…母さんと最後に過ごしたこの思い出の場所…どうしても一緒に来たかった。ごめん…俺はだめな男なんだ…母さんの温もりがずっと忘れられない…。似てるから、好きになった…そうじゃないって言えば嘘になるかもしれない。でも…」
「…いいよ。お母さんと同じくらい愛してくれるなら、私は全てを受け止める…できれば、越えたいけどね!」
「あ、ありがとう…。」
彼女は全てを理解していた。さすがに、お古のワンピースはどれだけ形状を整えようとも淡さは残る。ワンピースのほのかに残る香りも以前誰かが着用していたことを物語っている。そして、今日は彼の母親の命日でもある。いつもはお墓参りに行くはずなのに、湖でのデートを提案したことに違和感を感じずにはいられない。さらに加えて、日常茶飯事と言っていいほど飛び交う『母』という言葉…。
「ぐすっ…。出会えて本当に良かった。神が授けた運命にしか思えないよ。ははっ。…なんか、今日の髪型は凄く素敵だね。」
彼女はその日、髪型や化粧を生前の彼の母親の写真を参考に模倣していた。
この人は…母親の言うことなら何でも聞いてくれる。じゃあいっそのこと…
「ねぇ、少し暗いけど、ボートに乗りにいかない?」
彼女は心の中で呟いた。
『マザコンなんて大嫌い。』
【完】
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