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この村には魔物が眠っている。
百二十年に一度、その魔物は目覚めて贄を欲する。
贄を貪り喰った後、魔物は再び眠りにつく。
魔物が目覚める合図は、竹の花が咲くことだった。
この年。
村中の竹が、一斉に花をつけた。
百二十年にたった一度。
一人の贄を差し出すことで、再び村に平和が訪れる。
だから、これは正しいことなのだと、誉司の父と村の長老は言った。
村全員の名前を入れた籠の中から、選ばれたのは誉司の名だった。魔物を封じる神社の宮司が選んだという。古より伝わる方法で、それが神意だと長老は告げた。
母はその場にいなかった。
父から聞かされた時、泣き崩れて意識を失ったという。
受けてくれるか、と村の長老が言う。
自分が受けなければ、他の誰かが贄になる。それだけのことだった。
だから――受けた。
自分以外の者が、犠牲になるのだけは嫌だった。
竹の花が咲いてからきっちり十日後。
日が暮れれば魔物が現れる。
静かに村に知らせが回り、その夜を迎える時は、全員が村を出る。
たった一人残るのは、贄となる者だけだった。
人の気配を探した魔物は、間違いなく自分を喰らいにくる。
万が一にも魔物が村の外に出ないために、誉司は自ら切り立った山肌の洞窟へと向かっていた。
そこに魔物が封じられていたのだ。
これは、太古の取引の結果だった。
はるかな古、魔物は手当たり次第に人を喰らう凶悪なものだった。
大地にはおびただしい血が流れたという。
それを岩屋に封印し、百二十年に一度の目覚めに贄を一人喰らわせることで再び眠らせることにしたのは、大変力の強い術者だった。その者は魔物の側に庵を結び、生涯魔物を封じ続けた。
この村は、その術者の子孫たちが拓いたものだ。
大御先祖の意志を継いだ者たちは、百二十年に一度、竹の花を合図として目覚めた魔物に一人の犠牲を与え、世界を守り続けている。
この村に生まれた者は、贄となる宿業を背負って生きることを運命づけられていた。
だから。
自分が選ばれたのなら、受けるしかない。
内に呟きながら橋を渡ろうとした時、
「……たかちゃん」
とここにいるはずのない人の声が響いた。
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