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沈む直前の夕陽が、一瞬だけ赤く燃え上がったように見え、わたしの中にその熱が流れ込んでくるように感じた。
どうしてなんだろう。
俊哉の時とは違って、何故かその知らない女の名前が、わたしの憐憫を誘ってくる。
どうしてなんだろう。
俊哉の時とは違った別の涙が、何故か勝手に込み上げてくる。
小さな狼狽えを誤魔化すように、その胸に耳を寄せた時、
微かに震える彼の力の中に、わたしは“穴”を見たような気がした。
わたしとよく似た、心にポッカリ空いてしまった大きな穴。
塞ぎようがないとわかっていても、空を掻きむしるようにして掴んだ、偽物のピース。
ああ、この人も、わたしと同じなんだ。
わたしの中に、無くしてしまった愛の幻影を重ねてるんだ。
そう思った途端、強張っていたわたしの肩から、次第に力が抜けていった。
互いの穴に身を埋めるような抱擁は、もうとっくに約束の1分を越えていた。
彼の背中に腕を回し、俊哉とは違った鎖骨の位置を、泊まり木でも求めるように頬で探る。
同類としての共感かもしれないし、傷の舐めあいと言われれば、それまでのことなんだろう。
だけどわたしは、この時初めて、
ほんの少しだけ、彼と心を分かち合え、肉体の奥にある大切な部分で、繋がることができたように感じたんだ。
──誰ぞ彼──
あなたのことを、もう少しだけ教えて欲しい。
ほんのひと時、心を溶け合わせることができたのならば。
──誰ぞ彼──
あなたの声を、もう少しだけ聞かせて欲しい。
これもまた、愛なんていう儚い幻覚なのならば。
せめて、その温もりに浸っていたいと願う今のこの瞬間を、いつまでも色褪せない1枚の絵画として心に留めておきたい。
「ねぇ……わたしの本当の名前、美那子って言うのよ」
彼を見つめて、ゆっくりと顎を上げた。
肩越しに映った、群青に溶け入る茜色を、瞼の裏にそっと呑み込む。
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