誰でもない誰かと

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. 俊哉とは、大学時代の同じサークル仲間だった。 最初に告白してきたのは彼の方で、わたしはその熱意に負ける形で付き合ったと言っていい。 不器用ながらも、真摯にわたしの事を想ってくれる俊哉に、心を許すのにはそんなに時間がかからなかったと思う。 生活には困らないくらいの、そこそこの企業に就職した彼。 たいした紆余曲折(うよきょくせつ)もなく、流れるようにそのままゴールイン。 順風満帆な生活が、このままずっと続くように錯覚していたあの頃のわたしは、古いスマホのアルバムの中で、阿保面を下げて笑っていた。 わかっている。 今の俊哉には、別の女がいることを。 どこの誰かは知らないけれど、名前をアリサということも。 本人は酔っ払って半分眠っていたのだから、たぶん気づいてはいないんだろう。 わたしの太腿を擦りながら、「アリサ」と呼んだその名前で、近頃の冷たい態度と不穏な行動の理由を、静かに悟ってしまっていた。 今、名前も知らない男の腕に包まれながら、わたしはなんて滑稽な女だろうと思う。 耐え難い孤独を束の間だけ埋めるこんな行為でさえ、その哀れさに笑えてくる。 ますます腕に力を込めてくる彼は、こんなわたしに、どんな展開を期待してるんだろう。 ──誰ぞ彼── あなたは、誰でもない男でしょ? 体欲を慰めるためだけの人形に、余計な情を注ぎこんでも無駄。 残念だけど、わたしはあなたにとって、擬似恋愛の対象にもなり得ない、ただの虚像なんだよ。 「…………ユウカ」 耳元で、彼が呻くように漏らしたのは、女の名前だった。 俊哉と同じく、わたしの名前とは違った、どこの誰だか知らない名前。 .
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