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 「暁。いいさ、思うようにやってみろ。失敗したってかまわん。いやむしろそれくらい思い切らないと、次の時代に蔵元は生き残れん」  夕花の祖父が、自分と同じくらい策士であることを、暁は結婚して確信した。  いまは、毎日が面白くしてしかたがない。  俺の人生は180°変わった。これまで他人や社会におもねってきた過去は、(はる)か「遠く」へ流れ去り、人生の軸が定まった。  まさにパラダイムシフトだ。    新しいブランドの酒を、次の品評会に合わせて準備を進めている。  コンセプトもネーミングも、ラベル・デザインも販売方法も全て自分で考えた。  手ごたえは、ある。  「暁さん、おつかれさま」  いまだに初々しい夕花が、愛おしい。  「夕花、今夜…」  「だって、いま…」  「大丈夫だよ、ちゃんと調べたから」  妊娠中にそういう行為をしても問題がないことを、暁は(じか)に医者に確認した。      薄暗い部屋の中で、夕花を抱き寄せる。  ほとんど抵抗らしい抵抗を見せたことがない。  「夕花…」  と愛しさを込めて呼ぶと、耳朶(じだ)が早くも(くれない)に染まる。  染まるのも早いが、ここは感じやすい部分でもあることを暁はもう知り尽くしている。  夕花の耳朶に唇を寄せると、「ゃん…」と熱い吐息を漏らした。    「夕顔」は夜に咲く花だ。  昼の顔とどんなに違うかを知っているのは、暁だけだ。  白い花弁を素直に開き、従順に(みだ)らに無心に乱れる。  「夕花は、夕顔に似ている」   もう何度も言ったその言葉を、暁は繰り返す。  夕花が悦ぶからだ。  夕花の淫らな香りが強くなる。夕花はもう我を忘れて、一心不乱に夜に咲く。  くたりと腕の中へ落ちた夕花の横顔を眺めながら、暁は思う。  明日、一番に夕花に見せよう。  出来上がったばかりの新ブランド「夕顔」のラベルを。
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