序章

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序章

今日もハズレ。今日もハズレ。今日もハズレ。 ハンドルを切りながら溜め息をついた。礼美(れいみ)が今度こそ良い男ばかりの合コンを開くって言うから張り切って参加したのに。顔でしか判断しない男どもばかり。弁護士とか医者とかならまだ少し我慢して話に付き合えるかもしれないけど、工場勤務だとか派遣だとか将来性の無いメンツが勢揃いときた。もう二度と礼美の誘いには乗らないもんね。早く家に帰って愛しのキアヌ・リーヴスの映画でも観よう。音楽でもつけようかと思った瞬間、前方に車が停っているのに気づく。急いで思い切りブレーキペダルを踏み込む。反動で身体が前につんのめる。当たった?当たった?いや、ぶつかってはいない・・・と思う。全く、何なの!?何で道路のど真ん中に車が停ってる訳?本当に今日はついてない。このまま走り去ってしまおうか。でも、ぶつかってなくてもこのまま逃げたら何か罪に問われそうで嫌だなぁ。運転席から前方の車をじっと観察する。どう見てもその手の人が乗ってそうな高級車じゃん!これは逃げた方が良さそう。下手に関わると、風俗に沈められちゃうかもしれない。エンジンをかけようとしたところで、高級車の運転席側のドアが開いたままで、そこから人の右腕だけがだらんと垂れているのに気付いた。運転手は気を失っているのだろうか。それとも怪我をしているのだろうか。やっぱり逃げるのはよくないかもしれない。車から降りて、恐る恐る高級車に近寄ってみる。距離を詰めると、運転手の右腕には血がついているのが分かった。怪我しているのは確かみたい。事故だろうか。それにしては高級車には特に傷やら凹みやらは見当たらないけど。運転席側のドア越しに中を覗いてみる。 「ひっ」 思わず声が出た。素っ裸の男がひとり、運転席にいる。死んでいるのか、意識を失っているだけなのか。確認してみたいけど、手を出すのは良くなさそう。取り敢えず救急車呼ぼう。スマホを、と思ったら自分の車に置きっぱなしにしたのを思い出した。引き返そうと振り向いたところで、ぱん、と音がした。何だろうと思う間もなく、あたしの車のドアミラーが吹っ飛んだ。ぱん。さらに音。ドアガラスに小さい穴が開いた。さらに音。さらに音。ドアガラスに穴、穴、穴。撃ってる!誰か撃ってる!信じらんない!ここ、日本だよ!? 「駄目だ、全然当たらねえ!」 ドスの利いた男の声。あたしの車の後方、30mくらい離れた位置に男がふたり。手に何か持ってこちらに向けている。撃ってるのはあのふたりだ。ぱん。ぱん。ぱん。撃ちながら、どんどんこっちに向かってくる。どうしよう。車に乗って逃げたいけど、あのふたりに近付く事になるし、エンジンをかけている間に追いつかれるかもしれない。あの高級車に乗るしかない。二人組から目を離さずに高級車に走り寄った。素っ裸の男の身体を無理矢理助手席側に押し退けてエンジンをかけた。ぱん。銃弾が高級車のドアミラーを掠った。思った以上に早く二人組が近づいてきてる!お願い、お願い、お願い、お願い、お願い!!アクセルペダルを踏み込んで高級車を急いで発車させた。「待て、こらぁ!」と怒号。待てと言われて待つ馬鹿はいないっつーの!バックミラーに映る二人組がどんどん小さくなっていく。ざまあみろ!ぱん、と音がした。タイヤを狙ってるみたいだ。でも当たらない。下手くそで助かった。急いで逃げないと、もう!何であたしがこんな目に遭うの?直ぐ真横にいる男は相変わらず無反応だ。そう言えば、この人、死んでるの?生きてるの?それも確認しないと!片手を男の顔に近づけた。手のひらに生温かい男の息が吹き掛かる。生きてる。少し安心した。何があったのか知らないけど、相当殴られたのか顔がかなり腫れていた。早く医者のところに連れていかないと。いや、その前に警察に連絡しなきゃ。あ!スマホはあたしの車の中だ!どうしよう。どこかで電話を借りよう。お母さん、心配してるかな。何でこんな目に遭うんだろう。そもそも礼美があんな合コンなんか開くからだ。頭来ちゃう!あたしの車、散々撃たれたし、修理代は礼美に払わせてやる!そう考えるだけで少し気が紛れた。
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