小町藤

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 彼女はありがとうと心地よい笑顔をまた作って私の顔を楽しげに見つめた。そういう顔を向けられるとわざといそいそした態度をとっているのに引け目を感じてしまう。けれど私には急いでいる正当な理由があるのだから気圧されることはないはずだ……。もっとも相手はそのつもりはない訳だが。  私は少し居心地が悪くなって通りに目をやった。  本通りではないとは言え車道にそこそこ大きな水たまりがあって、それが鏡のようにキラキラとした青空を映していた。  確かに少し奥まった所ではあるがこんな水たまりができるほど舗装工事の優先順位が低い道なのだろうか。駅までそう遠くないのに。そんな事を考えた。 「手が届きそうね」  老婆が言った。 「え? 」  私が振りかえると老婆が目をなくして言った。 「そう、綺麗だと思うわ。水面に映る青空。昔は私はね?水たまりは水たまりだった。でもね、ある人がこう言ったのよ。空がわざわざ近くに降りてきてくれたようねって。ウフフ。私ったら何その都合のいい解釈って思ったわ。でもね?その方が楽しいわねとも思った。かわいいお婆さんだったわ」 「確かに都合がいいですね。ここから見たら確かに空が映りますけど、近くに行けばただの泥水ですよ」 「そうね、ウフフ、こっちが行くんじゃなくて寄ってきてくれたら良いのにね」 「なんか他力本願ですね」 「人事を尽くしてって方よ」
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