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目の前に、お手伝いさんと思しき優しそうなお婆さんが淹れてくださったお茶が置かれている。
茶托にのった、ふた付きの茶器。
それだけで、何だかいつも飲んでいる我が家の番茶とは格式が違うように思えてしまう。
そもそも私、何でもかんでもお気に入りの猫さんマグカップで飲んじゃってるし。
正面に座した御神本さんに、「冷めないうちに」と促されて、蛍が飛び交っているみたいな模様の入った茶器――萩焼と言うんだとか――のふたをとったら、待ち構えていたみたいにゆるゆると湯気が立ち昇った。
綺麗なうぐいす色の、上品な香りのお茶だ。
きっと我が家には無縁のいい茶葉なんだろうな。
そう思ったら飲まなきゃもったいないって思ってしまって、「いただきます」をして口に含んだの。
舌の両側に染み渡るようなトロリとした独特な甘味。こんな美味しいお茶、初めて飲んだかも。
ほぅ、っと息をついたら「落ち着いたか?」って真っ直ぐな目で御神本さんに見つめられて。
彼も私と同じようにお茶を飲んでいるけど、やはり所作が美しくて、同じ茶器のはずなのに私が手にした時より数倍気品がプラスされて感じられる。
美形の若様ステータス、ホントずるいな。
でも、今回のメインは当然だけどこのお茶じゃない。
お茶だけで落ち着くとか、ないんだからっ。
私は彼の美貌に惑わされずに、ちゃんとまだ落ち着いてませんよ?と言う意思を持って小さくフルフルと首を横に振ったの。
「――そちらもどうぞ召し上がれ」
それで私の言わんとしていることが分かるとか。御神本さんもなかなかだわ。
お茶の横に添えられた羊羹に視線を流すと、にっこり笑ってゴーサインを出してくれる御神本さんに、思わず顔が緩みそうになる。
今回は「待て」をしなくていいんですね?
た、食べちゃいますよ?
羊羹横に添えられた黒文字を手に取って、恐る恐る御神本さんを窺い見たら、もう一度うなずかれた。
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