26.この味、覚えてる!

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「まぁ、それでも子供の頃からそんな感じだったし……別に不便には思わなかったんだけどね」  父親は罪悪感からか、お金だけは潤沢に工面してくれたから。  八千代さんもいるし、頼綱(よりつな)は何不自由なく高校時代を過ごし、大学も家から通える夏が丘医科大学の医学部へ進学して。  そうして今に至ったらしい。 「正直俺は自分のことに一杯一杯だったんだろうなと思うんだよ」  かろうじて村陰(おかあ)さんとお互いの――というより主に花々里(わたし)の――近況報告のやり取りだけは細々と続けていたんだとか。 「八千代さんもせっかくのご縁を断ち切るべきじゃないと言うし……村陰(むらかげ)さんに、花々里(かがり)には俺のことを話さない、という条件で色々話していたんだ」  私の前から何も言わずに姿を消した自分が、今更出しゃばるのも気が引けたのだと頼綱は淡く笑ったけれど。 「村陰(むらかげ)さんが倒れられたとあっちゃあ無視は出来ないだろう?」  結果として、それが良い転機になったんだけどね、と頼綱が私の肩をそっと引き寄せた。 「頼綱……もう2度と私のことを置いて……突然居なくなったり、しない?」  頼綱の温もりを肩に感じながらギュッと両手のこぶしを握りしめてそう問いかけたら、「申し訳ないけど離せと言われても離せそうにないね」と肩を抱く手に力を込められた。
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