29.彼の不安と彼女の決断

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花々里(かがり)。俺はね、今の病院で研修を終えて家業を継ぐことになったら……親父の病院から産科部門を失くそうと思ってるんだ」  帰りの車中。  頼綱(よりつな)がハンドルを握ったままこちらを見ずにポツリとそう言って。  出先で夕飯も済ませてしまったから、外はすっかり薄暗がりの中。  時折通り過ぎる対向車のヘッドライトで照らされる以外、車内が明るくならないから、私は頼綱の表情がよく見えなくて戸惑ってしまう。 「え?」  それで思わず聞き返すようにつぶやいたら、頼綱が吐息まじりに言った。 「出産は時間が読めないだろう? 花々里(かがり)と結婚したとして……そこが解消出来なかったら……は……親父と同じ(てつ)を踏んでしまいそうで怖いんだ」  お産が入って呼び出されれば、家族を置いて病院に駆けつけなければいけなくなる。  他の診療と違って、妊婦さんがいつ産気づくか分からないから時間が読みづらい。  もしかしたら家族の大事な行事ごとの最中に、その時が来るかもしれない。  大病院などのようにシフト制で産科医が何人もいて、うまく入れ替われるのならその心配もないだろう。  けれど、頼綱のお父様の病院は個人病院だ。  そこまでの人員は確保出来ていない。  現に頼綱が幼い頃はお父様が産科医としてひとりで切り盛りなさっていたから、頼綱と頼綱のお母様は家に置いておかれることが多かったって頼綱、話してくれた。  母親の誕生会も、それで中途半端になったことがあるのだと頼綱が吐息を落として。
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