29.彼の不安と彼女の決断

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頼綱(よりつな)、赤ちゃん取り上げるの、嫌いじゃないでしょう?」  言ったら頼綱がグッと言葉に詰まって。 「それはそうだが、それをうちの病院では続けていけない理由はさっき話しただろう?」  頼綱の視線が恨めしそうに私をとらえる。  私はそんな頼綱に、ニコッと笑って言った。 「だからね、私。夏ヶ丘大学(いまの学部)を辞めて、夏ヶ丘医科(あなたの)大学に入り直したいのよ!」  言ったら、頼綱がもたれていたシートから身体を離して、私の顔を驚いた顔で見つめてきた。  そりゃそうか。  同じ系列の大学とはいえ、私がいるのは同大学内の文学部。  いきなり医療系に転向したいとか言われても「は?」ってなるよね。  私が頼綱の立場でも驚くもの。  気でも触れたのか?って。  でも……頼綱からご両親のことを聞かされてから私、ずっと考えてたのよ?  私が頼綱と常に一緒にいられる方法。  頼綱のご両親と同じ(てつ)を踏まずにいられる方法。  それにはこれしかないって思ったの。 「あのね、頼綱。同系列だから……うちの大学へ納入済みの学費、来年度以降のそちらの学費に回すことが出来るみたいなの」  もちろん、満額というわけにはいかないけれど、ドブに捨てたみたいになる、よその大学への転身よりは無駄がない。  夏ヶ丘大学自体、偏差値の低い大学ではないし、同系列とはいえ、文学部から医科大学への編入ともなると、そのハードルがさらに上がることは痛いくらい分かってる。
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