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「花々里さん、ただいま戻りました」
玄関が開く音がして、八千代さんの声が聞こえてきた。
私は椅子からノシッと立ち上がると、台所から顔を覗かせる。
「八千代さん、お帰りなさい。すみません、暑い中、わがまま言ってしまって」
眉根を寄せたら、
「お気になさらず。こう言う時のワガママは大いに言ってくださいまし。ところで痛みの方はいかがでございますか?」
大きく膨らんだお腹に優しい視線を注がれて、少しくすぐったい。
「――まだみたいです」
すりすりとお腹をさすりながら答えたら、中からポン!と蹴り上げられて、「こいつめ」と思ってしまう。
そんな私に、「楽しみでございますね」と八千代さんがニッコリ微笑んだ。
「冷房で身体を冷やすといけませんから、暑いからってあまり薄着はいけませんよ?」
時節はそろそろ夏本番を迎えようかという頃。
キャミワンピース1枚で玄関先に出てきたことを目ざとく見咎められて、私は「あ」と思う。
お米をといだあと、透かし編みのサマーカーディガンを脱いで、椅子に掛けたままだった。
***
もうちょっとしたら頼綱が仕事を終えて帰宅してくる頃だ。
この感じだと、タクシーとか呼ばなくても頼綱に病院に連れて行ってもらえるかな?
炊飯器がご飯炊き上がりの音楽を奏でて……私はお弁当箱を片手に、八千代さんと一緒にキッチンへ立った。
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