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「罪な男だよ、佳澄ちゃん……」
荷の重いミッションに苦笑いしながら、吉本は澤田の後を追った。
廊下では澤田の信者のような若いスタッフ達が彼を取り囲む。エレベーターへ辿りつくまでにも時間がかかりそうだ。面倒がらずに一人一人丁寧に声をかける澤田の横顔は、男であれば憧れるだろう力強い自信に満ちている。
その心が、たった一人の弱々しい男で占められているとは、吉本以外に知る者もいない。責任は重大だ。彼を再び心労で倒れさせるわけにはいかない。
「おいおい、病み上がりの教授を疲れさせないでくれよ~」
吉本は周囲を適当にけん制しながら、澤田をエレベーターへ導く。最後までにこやかな教授は、エレベーターのドアが閉まる瞬間まで、完璧な社交性を見せつけた。そしてエレベーターが動き始めると深いため息をつき、「頼むよ、吉本君」と声を震わせる。
力の限りに、佳澄奪還作戦を遂行するしかない吉本だ。
「はい」
短い返事に澤田が安心するとは思えないけれど。エレベーターを出る時に、強く握手をして別れた。
ここから先は澤田廉士教授の世界だ。多くの取巻き。導かれる研究員。彼に憧れる学生達。なぜ佳澄は、澤田の手を振り切ったのか。彼に守られていたら、あの息をするのも不器用そうな子は、間違いなく幸せだったはずなのに。
佳澄自身、それをわかっていてなお、突き動かされた情動に逆らえなかったのか。あの男に。沢渡哲郎に。
元愛人水谷澪の話を聞いて、それがわかるとも思えなくても。
「やるしかないのだろうよ」
カメラのフラッシュに浮かぶ澤田のシルエットを見ながら、吉本は肩を落とす。
「退院おめでとうございます」という明るい声。「ありがとう。世話になったね」という穏やかな挨拶。晴れがましいワンシーンは、医師として素直に喜んでおこう。
そこに、取り囲まれる人垣から一歩下がって心細げに佇む曽我の背を見つけると、これも素直に不埒な期待が頭をもたげる。澤田の退院を心から喜びながら、その中心に入れない曽我は、吉本の視線に気づいて振り向いた途端、不機嫌に目を眇めた。
その目が僅かに揺れる。元気そうな澤田の姿を見て、安堵に思わず涙ぐんだか、それとも吉本に対する複雑な想いに惑ったか。
吉本は、獲物を見つけたように強い視線で捉えた。
曽我は、口を生真面目に引き締めて、睨み返してくる。
たまらなく愛しいと思った。
「小津原先生は元気ですか?」
挨拶もなしに無粋な質問をした。
この男も不器用で、生き難い世の中であがいている。澤田を崇拝し、佳澄に密かな想いを寄せながら吉本に抱かれる男だ。
そろそろ少しは気持ちを開いてくれてもよさそうなものなのに、いつまでたっても曽我は頑なに吉本を敵視する。
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