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 加藤は自分の事のように照れて、頬の傷をまた引っ掻いた。抉れて引き攣れている傷は、少しぼんやりした加藤に多少の凄みを印象つけるが、それでも人の良い、人好きのする顔と性格だ。  佳澄がヤクザの巣窟の中にいて、ひとかけらの恐怖心を持たないのは、自分の鈍い性格よりも加藤の存在が大きい。みおもきっと、加藤には懐いていたはずだ。少年から大人になり、人並みに生きようとするみおの背後で、影のように寄り添う哲郎と一緒に、加藤もみおを見てきたのだから。それはもう、家族だと言ってもいいかもしれない。  だけど、みおはヤクザにはなれなかった。哲郎はそれをわかっていてみおを自由にし、ゆるい手綱をつけていたのだろう。  そういう事だ。おそらく自分も、ヤクザにはなれない。 「哲兄ぃはよ、どれだけ澪が好き勝手にしようが、他所で恋人を作ろうが、最後には必ず自分の所に戻ってくるって確信してたさ。おれもそう思ってたぜ。どれだけカタギでもよ、こっちの世界に片足突っ込んでまともに生きられるわけがねぇのよ。あんたもそうだぜ。もう元に戻れると思うなよ」 「わかってます。窓ガラスを壊した時から覚悟は出来ていました」 「はは、あんたよくやったよ。それでなくちゃ組長の相手は務まらねぇって。やっぱ組長はちゃんと見てたんだなぁ。あんたが心に闇を飼ってるってよ」  なるほど。闇は闇を呼ぶのか。繋がるのか。無条件で惹かれてしまうのは、この場所を心地良いと感じてしまうのは、自分が本来の居場所を見つたからか。  だったらなぜみおは、哲郎から離れた。  未来を捨てて、自分から闇へ堕ちたのに。 「相手はただのマッポだった。やり手の刑事でそりゃあ凄みのある男だったけどよ、金も時間もねぇただのサラリーマンだ。そんな奴に持って行かれるとはよ、おれだって何となく許せねぇ気分にはなるよな」 「それは、確かに意外ですね。哲より力のある者ならまだしも」 「だろう? 自分で言うのも変だけどよ、おれ達ぁヤクザの中じゃぁ結構紳士だぜ? そう思わね?」 「思います。わたしはちっとも怖くありません」 「いやそれもなんか違うけど……まあいいや。あんた逃げ出さなかったら良い目合うぜ。それは保障してやるよ」 「良い目とはお金に不自由しないとか、美味しいものが食べられるとかそういう事でしょうか?」 「なんでぇ、不服かよ」 「いえ特に興味がないだけです」 「ちぇ、そういう金なんかどうでもいいって態度も澪そっくりだな」 「逃げようにも、わたしにはもう何も残っていませんし。続けてくださいみおの話し」
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