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今はいい。哲郎は傍若無人だけど、それなりに大切にしてくれる。愛されていると、うぬぼれなければ上手くやっていけるはず。
ただ、哲郎しか残っていない佳澄には未来がないから、みおと哲郎の関係が終わった時、みおが殺されたように、自分も哲郎に殺されたい。そう願うしか生きる道が残されていない。そんな生き方を選んだのだ。
「抗争の最中にあの男が澪を迎えに来た。澪は屍を越えて、血だまりを踏みつけてあの男の元へ走った。哲兄ぃが殺したかったのは刑事の方だったかもしれねぇ。だけど弾は澪に当たった。そういうこった」
寂しい顔をする加藤の思惑はわからないし、哲郎の想いもきっと佳澄にはわからない。ただ澪はいなくなった、その喪失感だけが今も残っている。
「加藤さんもみおが好きだったのですね」
「弟みたいだったぜ。大人びてはいたけどガキっぽくて可愛い所もあったしよ。泣き虫のくせに、哲兄ぃが甘やかすからわがままでよ。澪もわかっていたはずなんだ。二人は根っこの所で繋がっていたから、離れたら血を流すってな。澪の方から引きちぎろうとしたそれを哲兄ぃは自分で断ち切ったんだろうよ」
らしくないため息をごまかすようにタバコを咥え、火をつけた。風が焔をチリっと揺らし、深く息を吸い込んで加藤は目を閉じる。
「裏切り者は殺す。おれ達ぁそんな世界にいるのよ。覚えときな」
脅すような低い呟きに、ふるっと体が震えたのは恐怖ではなくて、小さな歓喜だった。哲郎が、そこまで自分に執着するとは思えないまでも、あの綺麗な手で殺されるのは悪くない。
血塗られた倒錯の美に酔うように、佳澄は立ち上がり、ふらふらと寝室へ戻った。
ここが自分の居場所。愛した者に愛を施される場所。鳥かごの中で主を待ち、鳴いて主を慰める。
気だるい体を横たえて、シーツを手繰り寄せながら佳澄は自分の指を見た。澪はペンダコもない、華奢な美しい手をしていただろう。だからきっと、哲郎にクリームを塗られた事はない。そう思うとこの醜いペンダコも、唯一のもののように愛しい。
朝日を感じながら、ふっと微笑んで目を閉じた。
みおはもういない。せいぜい哲郎の夢の中にでも出てくるがいい。
哲郎が触れるのは、この体なのだから。
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