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自分の体を犠牲にして、守ったつもりの相手は消えた。
どこまで教えてやろうか。ヤクザに連れ去られたと知ったら、卒倒でもしかねない生真面目な男だ。もう少しじっくりと追い詰めてやろう。
「どうする?」
耳元で囁いた。曽我は鳥肌を立てるようにして肩を竦め、ぎゅっと握った拳は震えていた。
殴りたい衝動と、自分の体を好きなように扱われる恐怖と、否応なく昂ってしまう、快楽への誘惑と、迷い葛藤する男の、なんと魅力的なことか。
「あんた、おれを抱いて楽しいのか」
「楽しいから誘っているんだよ?」
「物好きな奴。おれは綺麗でもなんでもないのに」
「曽我君。人の好みはそれぞれだよ。わたしは君を初めて見た時から気に入っていた」
「う、嘘をつくな。口先ばかりのくせに」
「ほら、そうやってまた強がりを言う。可愛いよ君は本当に。ここ……、もう熱くしているだろう?」
「やめ……」
触れると思った通り、もたりとした芯を持ち始めている。無粋なスーツに手を入れて、シャツの上から胸をまさぐると、たちまち乳首は硬くしこった。
慣れない快楽を教え込んだ甲斐があったと言うものだ。
「やめ……ろ」
乱れ始めた息を堪える声も、色っぽくてたまらない。
「ちゃんと教え……て、くれるのか。本当に……」
そうだ。そうやって君は、いつまでも佳澄を言い訳にして、抱かれていればいい。不器用で、頑なで、人慣れしていない野良猫のような目をしていればいい。
「ここでする? ベッドへ行く?」
曽我の細い顎を唇で辿ると、微細に戦慄いて上向きながら、諦めたように目を閉じた。瞼の裏には、人と視線を合わせられない佳澄が俯いているだろう。振り向かせようとして振り向いてもらえず、差し伸べた手は届かないまま。
「おいで」
抱いた腰が素直に動く。今夜は声を堪えなくていいんだよと、言えばまた睨まれてしまいそうだ。
寝室へ向かいながら、曽我は眼鏡を外す振りをして涙をぬぐった。
そんな余裕も今のうちだ。今夜は、涙を拭う暇もないほどに感じさせてやる。徹底的に、自分のものにしてやる。
久しぶりに湧き上がる、とめどない執着心に気づき、吉本はふっと自嘲気味に笑った。
人の持つ執着心は愛ではない。澤田は己の執着を勘違いしているだけだ。哲郎もそうであればいい。だったら事は、案外簡単かもしれない。本来執着すべき対象を差し出せばいい。
――水谷澪を哲郎の元へ
吉本は、肩を落として棒立ちになる曽我を、いたわるように抱きしめて、かすみ……と、呟きそうになる震える唇を塞いだ。
ベッドへ崩れ落ちながら、濡れた視線が絡まった。ほんの一瞬、胸が痛んだ気がしたのは、きっと捨て猫を拾う心理に似た憐みだと吉本は思った。
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