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 沢渡組は、組長沢渡哲郎の意向により、勢力の縮小を進めていた。  巨大になり過ぎた組織は、末端への配慮が行き届かなくなり、どれだけ統制をはかっても、勝手に動き回るグループが出来上がる。暴対法の締めつけは厳しく、組織が巨大になればなるほど、かじ取りは厳しい。  一方で、沢渡組の警察への影響力もあり、双方の関係は、綱渡りのバランスで、見えない目的地へ進んでいるようだった。一歩バランスが崩れたら、どちらかへ転げ落ちてしまう。警察による、組織の完全壊滅か、もしくはさらに地下へ潜り、二度と地表に出ない覚悟でのマフィア化か。稜線を這う均衡は、組長沢渡哲郎の踏み出す一歩に、全てがかかっている。  闇へ傾きつつある組織の立て直しは難しい。甘い汁を吸ってきた者達は、組織からの恩恵を忘れて暴走しがちだからだ。沢渡組は、一線からはみ出した者達への制裁は容赦しない。逆らう気力を失うほどに叩きのめすか、傘下の組織ごと潰すか、闇から闇へと葬るか。組長の潔いまでの冷酷さが、闇社会を陰から支えていると言っても過言ではなかった。  沢渡組のシステムと統制力、組織力は、警察が総力を上げても微動だにしないだろう。例えば、会社や上司のために自分を犠牲にするビジネスマンがいたとしても、命までも賭けるとは、真実味がない。だが、ヤクザの世界は親分や代紋のためなら本気で命を賭ける。それを仕事として腹をくくっているのがヤクザなのだ。  そこに、強固な結束力が構築される。哲郎はその頂点に立つ。決して表には出ず、派手な動きもせず、ただ闇で目を光らせている。  それでも沢渡哲郎の存在は、闇を牛耳る者として恐れられた。その組織が、少しずつ解体されようとしているのだ。ほんの小さな綻びも許されない綿密さで進められてはいても、僅かな隙を突いてくる者はいる。  沢渡組の圧力の下に、不満を持つ者も多い。関東の闇社会は、わずかに揺れ始めようとしていた。この揺れが共鳴しないように、哲郎の闇の目はいつも以上に研ぎ澄まされている。  僅かなミスも許さない、闇を切り裂くメスのように。 「佳澄ちゃん聞いてる?」  加藤は目の前でグラグラと首を揺らしながら、必死で睡魔と闘っている佳澄に諦めの舌打ちをした。自分の扱いについて文句を言っていた佳澄も、哲郎が忙しく、帰宅もままならない状況の今、今度は暇を持て余して文句を言う。  どうして帰って来ないのか。他所に他の愛人がいるのか。本当はここは本宅ではなくて、自分はその他大勢の一人なのではないか。  しつこくうるさいので「組長に聞けよ」と突っぱねると、寂しそうに「聞けるものならとっくに聞いています」などと、哀れに俯く姿が綺麗だったりするので、加藤もやり難くてしょうがない。
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