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あるく
森のなかで身を起こす。膨張する緑だけがここにはある。すこしだけ眠ってしまったようだ。歩み出そうとすると、あしうらで何かが千切れる感触がした。やわらかく細い根が千切れただけなので、かまわずに歩き出す。このからだは常に根づく土地をもとめているらしく、ひとつどころに留まると、それがどんなに短い間であっても、抜け目無く根を伸ばした。
人と呼ばれたもののかたちをかろうじてとどめてはいるけれど、僕のなかみはほとんど植物のそれだ。
森の木々のほとんどは、かつては人であった。立ちどまり、留まった人が、樹木となった。留まった土に根づいた人々を樹木として、この森はできている。
かつては数え切れないほどの卵を産む魚がいた。風に乗って方々へと散っていく虫の子がいた。実らせた種をいきものに食べさせて遠くへ運ばせようとする植物がいた。僕は歩くことをやめられない。やめられないということは、この歩行は、それらと類するいとなみであるのだろうか。
留まることで果たせることもあるのだろう。根づくことで見渡せるものもあるのだろう。
だけど、この目が人の目であるとおもえているうちは、土を踏みながら歩いていくことにする。
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