一目、あなたに......。

京 都

朝から、妻と喧嘩をした。原因はほんの些細なことであった。

「ふん！」いつもであれば「行ってらっしゃい。行ってきます。」と挨拶を交わして会社へ出かけていくのが日常であるが、今日はそんな気分ではなかった。

　ちょうど、本日は一泊で出張であった。一日挟めば、気持ちも落ち着くであろうと考えながら、新幹線と地方の私鉄電車に乗り3時間ほどかけて出張先の京都の嵐山へ向かう。

　この場所は観光地も兼ねており、国内だけではなく色々な場所や国からの旅行客が多い。

　仕事が一段落して、一人で少しだけ観光を楽しむ事にする。今日は、ホテルに帰って休息するだけであった。

　様々な店が立ち並ぶ中で、会社の同僚たちへの土産も探索する。

　可愛い髪飾りが目に飛び込んできた。

『あいつに似合うかな......』今朝、喧嘩して別れた妻の顔が浮かんだが、打ち消すように首を振る。

　店が途切れた所に、少し大きな川があり、そこを跨ぐ赤く大きな橋があった。

　その橋をゆっくりとした歩調で渡って行くと、中腹あたりに川を覗き込むように見ている髪の長い女の姿が目に入った。

　なぜだか、その女の後姿に目を奪われる。華奢ではあるが、スタイルは良く締まるところは締まっていて、出ている所は出ているという感じであった。
はっきりいって、俺の好みのタイプであった。

　横目で彼女の姿を目で追いながら、後ろ髪を引かれるように、その後ろを歩いく。

　結婚する前なら、間違いなく声をかけていただろうと一人で苦笑いした。

　穏やかな川の流れを眺めながら、少しの距離を歩いた時、いきなり背後から体を優しく抱きしめられる。

「えっ？」突然の事に、反応出来ないで立ち尽くしてしまう。体に当たる感触で、相手が女であることは容易に判断できた。それは、先ほどまで橋の中腹で川を覗き込んでいた女であった。

「捕まえた！」川から吹いてくる風の音と、彼女の声がミックスされて心地の良い。

　彼女は、ゆっくりと顔を覗き込むように、ほほ笑んだ。

「きょ、恭子！？」先ほどまで、見惚れていた女性は我妻 恭子であった。

「ごめんね」恭子は頭を深々と下げた。

「でも、どうして此処に恭子がいるんだ？」

「だって、喧嘩したまま別れるのが嫌だったから着いてきちゃった。もしも、あなたに何かあって、あれで最後になってしまったら、どうしようかって考えだいしたら急に悲しくなっちゃて.......」恭子は恥ずかしそうに舌を出してほほ笑んだ。それは、いつも家の中で会話を交わす恭子とは違い、可愛らしい少女のような笑顔であった。

　そして、彼女は真っ赤な顔を隠すようにプイっと後ろを向く。

　その後ろ姿を見て、急に彼女が愛おしくなり人目も憚らずに、その体を力いっぱい抱きしめた。

「俺のほうこそ、ごめんよ」素直な気持ちが口に出せたような気がする。
　少し暗くなってきた、観光地を二人で歩く。結婚する前に戻ったような気分であった。

　もう一度、あの頃の彼女に出会った......、そんな気分であった。

「今夜、私も一緒に泊まってもいいかな？」恥ずかしそうに彼女は聞いてくる。さすがにこの時間に帰れとは言えない事を、確信している質問であろうことは明らかであった。

「いいけれど、明日はきっと二人とも寝不足になるね」俺は、少し意地悪な顔をして返答をした。

「うん.......」恭子は、真っ赤な顔をして少女のようにうなずいた。