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「こーちゃん……」
ハルさんの戸惑ったような声が、耳元で聞こえる。
「いつか僕も、他の人を好きになる日が来るんじゃないかって思っていました。だけど、そうはならなかった。ずっとハルさんが好きだった。ハルさんが……ハルさんのことだけが欲しかった」
ハルさんの顔を見るのが怖くて、僕は彼女の髪に頬をすり寄せた。臆病で内向的だった、子供の頃みたいに。
いつの間にか太陽は山の向こうへ沈みかけていて、あたりは段々と暗くなていく。聞こえてくるのはコロコロと響く虫の声と、夕闇色に染まる川のせせらぎ、そして互いの呼吸の音だけ。
橋の上には相変わらず、僕とハルさん以外誰もいない。
まるで夕陽の中に僕たちだけが取り残されたかのような光景に、仄暗い欲が頭をもたげた。
「いっそこのまま、ハルさんを閉じ込めてしまえたらいいのに」
腕の中にあるハルさんの身体がビクリと強張る。
駄目だ、ハルさんを怖がらせてしまう。そう思うのとは裏腹に、僕の腕はもっと強くハルさんを抱きしめていた。
ほんの一時だけでも、ハルさんが自分のものになったような錯覚に陥る。
けれど、ハルさんの腕が僕の背に回ることはない。
あぁきっと、僕はこれから裁かれる。
可愛い弟のままでいたなら、そばに居るくらいは赦されたかもしれないのに。愚かにも境界線を越え彼女の不幸を喜んだ僕は、その報いを受けるのだ。
「あのね、こーちゃん。私は……」
ハルさんの掠れ声が、夕暮れ時の冷えた空気を震わせる。
断罪の時を前に、僕は静かに目を閉じた。
夕焼け色の檻 end.
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