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夕焼けの中、二人きりの橋の上。
何色もの絵の具を塗り重ねたかのような空は昼と夜のグラデーションを描き、辺りの景色を鮮やかな薄茜に照らす。
抱きしめた細い身体から、体温と鼓動が伝わってくる。
困惑したように身じろいだハルさんの髪から、ふわりとシャンプーの香りがした。
「……こー、ちゃん?」
「どうして急に」
僕が尋ねると、ハルさんは悲しそうに「マリッジブルーだって」言った。相手の男が、間近に迫った結婚という人生の大きな選択に怖気付いたらしい。
それを聞いた僕の心に浮かんだのは、全身の血が沸騰したかのような怒りと、湧き上がる歓喜という相反する二つの感情だった。
「僕じゃ駄目ですか」
「え……」
「僕では、ハルさんの恋人になれませんか」
違う。今はこんなことを言う場面じゃない。
ハルさんは傷付いているんだ。結婚を考えていたくらい大好きだった人と別れて、悲しんでいるんだ。
僕に求められている役割は、弟分として、ハルさんを慰めてあげることなのに。
ちゃんと、分かっているのに……
「ずっとずっと、ハルさんのことが好きでした。子供の頃からずっと。優しくて、可愛くて、ちょっと泣き虫な貴女のことが大好きでした。ハルさんに褒めてもらいたくて、自慢の弟だって言われるのが嬉しくて。でも本当は弟じゃなくて、男として見て貰いたかった」
口から吐き出される想いは滅茶苦茶で、醜くて……それでも今までで一番『本当』だった。
「ハルさんが結婚するかもって言ったとき、目の前が真っ暗になりました。何で?どうして?あの人より僕の方がずっと、ハルさんのことが好きなのに。あの人と別れれば良いと思ってた。上手くいかなければ良いって、そう思ってたんです。だから今、僕はとても嬉しいんです……最低でしょう?」
クスクスと、唇の端に場違いな笑みが浮かぶ。
綺麗なハルさんには相応しくない、残忍で汚い愛情。でもこれは確かに、彼女を想って育ててきた、僕の大切な恋心だ。
「許せなかった。僕からハルさんを奪ったあの男のことを、出来ることならこの世から消してしまいたかった。僕がどんなに焦がれても触れられなかったハルさんと、思いを通じあわせたあの男のことが、妬ましくて仕方ない。だけど……ハルさんをこんな風に悲しませたことが、何よりも一番許せない」
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