第2話 僕、本のすき間からピンクの世界へ行ってしまう。(後編)

5/5
前へ
/320ページ
次へ
「あー、びっくりしたよ。たまにあるよね。ほら、寝ててさ。急にビクッとなるやつ……あぁ、恥ずかしいなぁ、もう。見られちゃうなんて……」  ほっぺを両手で覆いながら、ほんとに恥ずかしそうな素振りで話すおじさん。  人形のような大きさの人間が、しかも学ランのおじさんが……実際に動いてしゃべるのを目の当たりにした僕は、正直引いていた…… 「あっ、あの、ありますよね。僕もけっこうあるんですよ……」 「だよね、あるよねー! いやー、あるよねー!!」  なんだか話を合わせてしまったが、おじさんは喜んでいるし、よしとしよう……  悪そうな人でもないし、良かったなと思ったが、そういえば、おじさんの体は大丈夫なのだろうか。  しかも、おじさんはいつの間にか、人間の普通のサイズ感というか、僕とあまり変わらない大きさになっている。 「あの、さっきは、すみませんでした。僕、本で殴ってしまったみたいで……痛かったんじゃ……気絶させちゃったみたいだし……」 「んっ? そうだっけ?? いやー、最近は不眠症っていうのか、夜よく眠れてなかったからさ。今、めっちゃくちゃ調子いいわー! そうか、気絶してたのか。うんうん、いや、逆にありがとう」  そう言いながら、おじさんはそっと左手を僕に差し出す。  しゃぶられた親指はもう、光ってはいなかった。乾いたのだろうか…… 「そ、そうですか……あー、よかったなー」  全く感情のない声で僕は言うと、おじさんの手から少し視線を外し、自分の手を出してみた。  おじさんは満面の笑みでしっかりと握った。そして、うんうんと嬉しそうに上下にふりたくる。  僕はこういう時、どうしても断れない。断り方が全然浮かんでこないのだ。  だったらいっそのこと、嫌でも、やりたくなくても、相手が望むようにその場をしのいだ方がものすごく楽なのだ。いつでもそうだった。  自分のやりたいことを考えて行動するより、こうしてその場その場をやり過ごして楽してきたから、今の僕は、僕はこんななんだろうな……  なんて、まさかこんなところで再確認させられるなんて……と僕は無性に悲しいような複雑な気持ちなった。    そうではあるけれども、目の前にいる学ランで羽を背負い、何故か小さな人形サイズから普通の大きさになった、服装以外は見た目普通のおじさんは、とっても嬉しそうに僕の手をぶんぶんしている。  まぁ、いいかな……といつものように済ませてしまう、僕なのだった。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加