第2話 僕、本のすき間からピンクの世界へ行ってしまう。(後編)

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 気になって、よくよく見てみるとそれは、生きている、髪の薄いおじさんだった。  黒い学生服を着、ゲタをはき、腰に手ぬぐいをぶら下げ、レンズの大きな細いフレームのメガネをかけていた。  最初は人形だと思ったが、スーッ、スーッと呼吸に合わせて背中と胸が膨らんでいる。  見た目はおじさんだが、まだ何も知らない童話に出てくる子供のように、すやすやと眠っている。  しゃぶる左手の親指がツバで輝いているのを、僕は見なかったことにした。  おじさんにはもう一つ気になる点があった。  羽を背負っているのだ。それは生えているのではない。  何かのヒモを使って、どうやったのか背中にくくり付けているようだ。  僕はこの変な生き物をなぐってしまったのか……  なぐった本の表紙を確認すると、特に変な汁もついていないので、ほっとする。  と同時に、この学ランのおじさんに申し訳ないことをしたかな、とじわじわ思い始めた。  どれくらいの時間がたっただろうか。僕はぼおっとおじさんを眺め続けていた。おじさんは変わらずスースーと寝息を立て眠っていた。  だが突然、おじさんはビクッとなって、ガバッと身を起こしながら 「わぁっ!!!」  と叫ぶので、僕も同調したようになって 「わぁっ!!!」  と、声を上げた。  おじさんは、ぎょろっとした眼をさらに大きくして、不安そうに周りをキョロキョロ見ている。 「何だ……何だ……」  僕は小声でつぶやきながら、おじさんがしているのと同じようにキョロキョロする。  おじさんは次第に落ち着きを取り戻したようで、まっすぐ僕を見た。
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